013.単純明快
厄介だなと思うことがある。
自分たちはいくら人型の姿をしていても国なのだと自覚するのと同時に、なぜ自分は国なのに人と同じような形で生まれたのだろうと疑問を抱く。この問いは哲学するには十分な命題だが、真面目に考えるには面倒な問いだ。なぜならそんな事は、神様以外誰も知らないからだ。
だから真剣に考えすぎない、というのが正しい答えなのだと思うが、まれに真面目な国家や成熟していない国家はこの問いのドツボにハマってしまい、余計な苦悩を生むことになる。
ああ、そう、恋愛慣れしてない子なんかも、大いにこれに悩むことになるのだ。
「わ……、私は仏領になんてなりませんからね!」
顔を真赤にして言い放ったに、フランスはによによといやらしい笑みを向けていた。お兄さん、ちゃんのお家好きよ? 綺麗だし、ご飯美味しいし、いいとこだよねぇと髪を撫でながら囁いたそれを、はまるで宣戦布告でもされたように受け取ったのだ。
あらまあ、と胸中で呟いての初々しい反応に笑みを浮かべる。好意=侵略の前兆とでも思っているのか、唐突に仏領と来たものだ。
確かにコルシカが欲しくてイタリアにハァハァした事や、イタリア半島の南の方が欲しくてロマーノにハァハァした事はある。というかよくやる。
だが、に対して囁いた言葉は、単純にいいなと賞賛しただけでフランス自身にそんな気持ちはない。勿論、もらえるならもらっちゃいたいし、ちゃん可愛いからハァハァしちゃうという事は無きにしもあらずだが、好意をすぐさま敵意と解釈されたのには少なからず傷ついた。
まあ近代に入ってからというものどっかのチート国家にジョイナスを強要されたり、かくいうフランスも猫をだしに引きこもり中の日本の家に襲来したのだから、西欧アレルギーといってもいいのかもしれない。港湾という外との繋がりが強い彼女だからこそ、外国への反応は更に過敏なのだろう。
ここは一つ愛の国である世界のお兄さんが、この子の曇った目を晴らしてあげようじゃないの。
「ひどいな、ちゃんはお兄さんのことそういう目で見てるの? お兄さん、悲しいわ」
レースをあしらったシルクのハンカチで目尻を抑えれば、はい、見てます、とはっきりと答えが返って来た。取りつく島もなし、日本人ははっきり意見を言えないなんてのは顔見知りには効かないと思う。
「だってフランスさん、世界中のコにちょっかい出しているじゃありませんか。あいつは超絶的な変態だからくれぐれも気をつけるようにとも、うかがってます」
まあ ――――
世界中にちょっかいかけてるのは否定しない。だって国だし。だが、後半のセンテンスは悪意ある何者かの言葉としか思えない。
「そんなこと誰が言ったの?」
尋ねれば、オランダ、アメリカ、イギリス、スペイン、プロイセンにイタリア、オーストリアと ――――
実に多くの国家の名が上がった。アメリカ以外、ヨーロッパの奴らじゃないの。っていうか、ほぼ身内みたいな奴らばっかりじゃないの。
アイツラ ――――
フランス革命の頃より密かにしたためている、次にボコる奴リストに上記の名を連ねる。まあ、イギリスの奴はずっと前から候補の一番上にあるのだが。
「誤解だって。あいつらお兄さんが美しくすぎるから嫉妬してるのよ」
「そうですかぁ? セーシェルさんもそんな事言ってましたけど」
「セーちゃんは……ほら、反抗期だから」
「カナダさんもですか?」
「えっ、カナダも!? え……ええと、メイプルが切れてイライラしてたんじゃないかな、きっと」
腐れ縁な奴らはともかく、愛情を注いで育てた子らに言われるのは流石に胸が痛い。注がれる疑わしげな視線を遠い目をしてかわし、ともかく。
「愛の国としては、ちゃんのその発言はいただけないね。国だって愛を忘れちゃダメよ」
「国民への愛は溢れてますが?」
「そうじゃなくってぇ……」
まったく日本といいこの子といい、どうにも頭が固くて困る。
「ねえ、国が国に欲情するのってどういう時だと思う?」
破廉恥ですとでもいいたげな顔のは、しばし回答に戸惑ってから、相手の国土が欲しい時と答えた。土地だけでなく資源が欲しいとか、文化財が欲しいとかまあ色々あるけれど、概ねそんな感じだ。強姦ではないのだから略奪・侵略ではないにしろ、劣情を募らせればそういう結果になることもある。あるいは平和的に条約を結んで和姦となるかもしれないが。
それの良し悪しはともかくとして、興味が無ければ食指も動かない。魅力がなければそんな風に欲望を覚える事もない。
「つまりさ、気になって、好きになっちゃって、自分のものにしたくなっちゃうほど想いを募らせるって、ある意味情熱的だと思わない? きっかけはなんであれ、まるで恋に落ちるような衝撃だと思うよ」
だからさ、とフランスは流れるような動作での腰に腕を回し、もう一方の手で指先を取る。東洋では見ることのない澄んだ藍色の瞳が、至近距離からの視線を捉えた。
囁くような声で、恋は誰にも止められない……、そんな言葉を詩のように吟ずる。
と。目をぱちくりと瞬かせていたははっと我に返り、フランスの肩を押し退けた。初心なお嬢さんだとフランスが苦笑を漏らしたその瞬間、
「ど、どうしましょう……」
軽く予想の斜め上を行くような言葉がの口から飛び出した。
「どうしましょう、お祖父様の貞操の危機です!」
「は?」
「あわわわわわ、祖父がBL展開で他国とアーッな関係になっちゃうなんて孫としてどうしていいのかわかりません! 国民の皆様になんと申し上げればいいのか……いえ、むしろ喜ばれる方の方が多いのでしょうか? けしからん、もっとやれというコトですか!?」
「……おーい」
確かに、国と国を引き合いに出した。は一国というより国の一部で、その主体となるのは彼女の祖父である日本だ。だが、フランスからの好意をまさか自分を通り過ぎて、祖父に向けてしまうとは。
さすがオタク大国日本というべきか。オタク仲間として欧州で名を馳せるものの、さすがにその思考にはフランスも泣きたくなってしまった。
「これはいわゆる仏日? 仏日というやつなのですか? 次の新刊としてハンガリーさんに相談すべきなのでしょうか。いえ、むしろイギリスさんやアメリカさんを絡ませてもぷまいです……」
いやいや、日本ならまだ童顔だし可愛いから爺でもイケちゃ ――――
ゲフンゲフン、眉毛やメタボと絡まり合うのはごめん蒙りたい。
「……そろそろ戻ってきてくれないとお兄さん悲しいなー」
フランスの悲しげな声が届いたのかははっと顔を上げ、今までの危険物を見るような目はどこへやら、瞳の奥をキラキラさせてフランスの両手を取った。
「あの……応援してますから!」
何をだ、と問えばナニをだと返ってきそうで、怖くてとても尋ねる事は出来ない。
が、とりあえず国だからといって、身体目当てばかりではないとわかってもらえただろうか。
……分かってくれたと信じたい。でなければ、変な誤解を受けただけ損だ。
「ま、お兄さんは三人でも全然楽しめちゃうんだけどねー」
奇妙な興奮に取り憑かれたを前に、フランスもまたふしだらな妄想で胸を膨らませるのだった。
end
オタク大国の一部なら、若干思考が偏ってても平常運転。