010.やったもん勝ち
窓から覗くとっぷりと暮れた空を逆さまに見上げ、は慌てて跳ね起きた。灯りのない部屋に一組の布団が敷かれており、どうやら自分はそこで眠りこけていたらしい。
目覚めきらない頭を振って、記憶を呼び起こす。
確か自分は――――秀吉の命で半兵衛と共に隣国に遣いに出され、その帰りだったはずだ。道端で茶屋を見つけ、は半兵衛の誘いに乗って暖簾をくぐった。
東屋より絶品と名高い餡蜜。確かに味は良かったが、量はそれを遥かに凌駕していた。まるで金魚鉢のような器に盛られたそれ。の胃袋の許容範囲を超えていたが、甘味を残すなんて甘味通の名が廃る、と無理にそれを咀嚼した。そして、苦しくなって、ひっくり返ってしまったのだ。
半兵衛が店の主人に無理を言って、少しばかり休ませてもらう事にした。起きていると苦しいから、横になったのも覚えている。そして、半兵衛が運んできた薬を口にし、そのまま寝入ってしまったのだ。
まったくの不覚。たかだか餡蜜、五分で済むと思っていたのに。
とにかく屋敷に戻らなくては――――
が立ち上がると、襖の前に座っていた陰がもぞりと動いた。
「ん、起きた?」
半兵衛の声だった。
「半兵衛様、申し訳ございません! 私、とんだご迷惑を……」
「ん、いいよ。それより身体は? もう苦しくない?」
「はい……。今から出発して、着くのは何時ごろでしょう。私……なんて事……」
あまりの間抜けさに、自分自身に腹が立った。今すぐにでも出発したい気持ちだったが、夜の山道は危険だよ、と半兵衛に諭されは肩を落とす。
日が上がるまで出発は出来ない。これでは屋敷に着くのは明日の夜だ。
秀吉になんと申し開きをすればいいのか。それに迷惑をかけてしまった半兵衛へ、なんと謝罪をすればいいのか。
「あの……半兵衛様……ごめんなさい」
「いいってば。べつに怒ってないし」
「でも……」
暗闇の中、半兵衛の表情は見えない。声もいつも通りだ。
だが、にしてみれば、叱られた方がいくらかましだったろう。こんな失態、官兵衛に知られればどんな叱責を受けるか。秀吉やねねを落胆させてしまわないか。己の失態が信じられなかった。
と、暗闇から白い腕が伸び、の身体を引き寄せた。半兵衛の胸に寄りかかるような体勢になったは、怪訝な表情で半兵衛の顔を見上げる。
と、突然、ぬるりとした何かが唇を割って、口の中に潜り込んで来た。
「!?」
驚いて半兵衛の胸を押すが、がっちりと身体を束縛されて逃れられない。目を白黒させるに、半兵衛はただ濃厚な口付けを繰り返す。
ふっと吐息を漏らし半兵衛の舌先がを離した時には、の身体はぐったりと力を失っていた。
「なっ、な……いきなり、何を……っ」
「だってが悲しそうな顔してるからさ。こうすれば、のせいじゃなくなるよ」
肩をわななかせていたの身体を、とんっと半兵衛の手が押した。先ほどまでが横になっていた布団の上に計算したように横たえると、躊躇いもなくの上に馬乗りになり、迷いのない手つきで羽織を脱ぎ去った。
「は、半兵衛様、状況わかってます!?」
混乱するの声が暗闇に響く。だが、返ってくるのはいつも通りの飄々とした半兵衛の声だ。
「わかってるよ〜、十分。俺たちは朝までここから動けない。部屋の中には布団がひとつ。暗闇の中に男女が二人。ね、する事ってひとつじゃない?」
「えええええ、それおかしいですよ!?」
おかしくないってー、と半兵衛はけらけら笑いながら、帽子を放り投げ、首から下げた防具を脱ぎ捨てる。腰帯を解くとするりと着物の肩を落とし、白い胸板が露わになった。
半兵衛の言動に冗談の可能性を殲滅されたは、さぁっと顔を青ざめさせ、
「旅の間ずっとお預けだったしさぁ。時間はたっぷりあるから、朝まで付き合ってよ」
子供のような顔で告げた半兵衛に、抵抗も虚しく美味しくいただかれてしまったのだった。
end
「たぶらかす」の続きもの。
本文で言及してませんが、一応恋人設定です。