摩利支の牢04
明くる朝、和寅と益田は主人の素っ頓狂な声で目を覚ました。
神の領域である事を忘れて、慌てて二人が主人の寝室に飛び込むと、
「いったい何処に隠した!」
ひどくご機嫌斜めな榎木津が寝台の上で胡坐を掻いていた。
舶来物の寝具は人が二人も三人も寝れるほどの広さだが、その上にいるのは榎木津只一人だったのである。
娘の姿はどこにも無い。昨日、着替え代わりに着せていた緋襦袢は、榎木津の両肩に引っかかっている。
娘が消えた…?
「まさか…」
「まさかも美馬坂もあるか。クローゼットにもベッドの下にも、どこにも居ないぞ!」
すでに探した後なのか、クローゼットの扉は中途半端に開かれ、中に滅茶苦茶に押し込まれていたらい大量の衣服が床に散乱している。
この部屋に、人の隠れられる場所など他にない。勿論、鍵は内側からかけるのだから、榎木津に気がつかれぬよう抜け出したという可能性もある。目覚めたら見ず知らずの男と閨を共にしていたと知れば、兎にも角にも逃げ出そうとするかもしれない。
だが、事務所のソファで寝ていた益田を起こさずに、音も無く抜け出すことが出来るだろうか。益田はこう見えて、眠りが浅いたちである。少しでも物音があれば気づかぬはずはない。事務所の床はタイル張りで、素足で歩いてもひたひたと足音はするはずなのだ。それを無音で、誰にも気づかれずに外へ出ることなど、
「不可能だ」
和寅の呟きに、榎木津はふんと鼻を鳴らした。
「何が不可能なものか。現にこうして消えているのだから、不可能など何もない。あの扉失格の扉のせいで、せっかく捕まえたにゃんこを逃がしてしまったじゃないか!」
自分で蹴破ったくせに、酷い怒りようである。
「それもこれも開かない扉が悪い! 中に居たお前たちが悪い! 今日中に猫を見つけて来なかったら、お前たちはクビだっ!」
突然の解雇宣言に和寅と益田の二人は口をぱくぱくとさせた。それこそ、呼吸困難の金魚だ。
「さっさと探しにいけ、この出目金男っ!」
主人の怒号を受けて、二人は探偵社を飛び出した。しかし、すっかり雨の上がった町並みには、どこにも手がかりなど、無かったのである。