摩利支の牢01
私と世界の境界は、一体どこにあるのだろう。
私を私たらしめているものは、なんなのだろうか。
私の意志で動く肉体。私の思考で考える頭脳。私の喜怒哀楽を映す貌。
しかし、それは本当に私なのだろうか。私は何か想像も及ばぬ巨大な存在に、そう思わされているだけではないのか。
ここでこうしている事が、ひどく現実離れしている。
曖昧で、中途半端で、居心地が悪い。
「 」
地べたに腰を抜かした男が、何か云ったようだった。
それは私の名なのだろうか。
雨の音でよく聞こえない。雨が無くとも、きっと聞こえない。
私はじりり、と男ににじり寄る。それに合わせて男が退く。
視線だけは私の目から離さない。まるで森で猛獣に出あったような動きではないか。
鼠をいたぶる猫のような、加虐的な愉悦が心を襲う。これも誰か別の人間がそう思っているのか。それとも、私がそう感じたからか。
私は――――私の貌は嗤ったらしかった。
どんな顔で嗤ったかは知らぬ。だが、男の恐怖に歪んだ顔を見るに、どうやら酷く凶悪な相を浮かべたに違いない。
男が身を翻して逃げ出した。
遅い。
私の足はすでに大股で踏み込んでいる。
振りかぶったそれは、男の後頭部にめり込み、脳髄を飛び散らせた。
悲鳴も何も無かった。男は水溜りの上に崩れ落ち、胡乱な表情を顔に刻んだまま、動かなくなった。
死んだのだろう。
頭蓋を砕いてしまったから、男の魂はとうに空中へ霧散してしまったに違いない。
頭蓋に穴を開けたのは失敗だ。
これでは秘密が駄々漏れになってしまう。
せめて塞がなければ…
死者には口がないが、この身体はまだ知っている。
口を、耳を、眼を、塞がなければ……
そうして、しばらく私は後始末に没頭した。
この行動さえも、自分の意思なのか、誰かに命じられるままそうしているのか区別がつかない。
ああ…わずらわしい。
いっそ自分の頭蓋も脳髄も滅茶苦茶にして、頭の中のすべてを解き放ってしまいたいのに。
ああ…血をすった振袖が重くてかなわぬ。
一体誰が、こんな酷い事をしたのだ。
end
ここまでプロローグみたいなものです。
次回、ようやく探偵の登場です。