日溜りと猫
不愉快…とまでは言わないが、ひどく不機嫌。否、単に呆れているだけなのだ。
畳の上に寝そべった主人を起こさないよう、そっと足を運んだというのに、なんとこの男は狸寝入りを決め込んでいた挙句に、獲物が警戒を解いてそばに寄るのを待っていたらしい。
射程範囲に入るや否や、その白い手を引いて、まるで沼の底に引きずり込む河童よろしく、体制を崩した少女をひきずり倒したのだ。寸前のところで手をつき、榎木津の真上に落下するのは免れたものの、覆いかぶさるような姿は変わらない。抱きとめるのと抱きしめるのと、その両方のために伸ばされた両腕は、彼女の細い腰まわりにしっかりと絡みつき、結果男女が絡んで抱き合うという色っぽい構図を作り出した。
唖然とした表情には、すぐに不機嫌なしわが刻まれた。
何ですか、と問いたげな瞳に、男はひどく上機嫌な笑みで返した。
「今日は小春日和で気持ちがいい。お前も横になって眠りなさい」
「……ここで、あなたと寄り添って?」
「そうだ。痺れてあまり好きではないが、腕枕をしてあげよう。なんなら胸を貸したっていい」
そして、こちらの返答など聞かず、ぎゅっとの頭を胸に抱く。
畳に広がる陽だまりは、確かに暁覚えずというほどに魅力的だった。だが、倒れる反動で転がった桶から、洗濯前のシーツが広がる。
「私…お洗濯がまだ、」
「そんなものは和寅か、益田にやらせればいい。お前の仕事は僕の側に侍ることだろう。必要な時はいつでも手に届く場所にいなくちゃあいけない」
冗談のようだが、榎木津は本気で言っている。実際、の仕事というのは、助手として探偵業を手伝ったり、身の回りの世話をするより、こうして榎木津が望んだ時に猫のように抱かれているという事のほうが“本職”なのである。
では、彼女に支払われる給金は、愛人への手当てなのか。実はそれも違う。
名目上、愛人だとか情婦だとか、一歩引いて恋人などと呼ばれることがあるが、彼女に一番近いのは愛玩動物である。ポチやタマと呼ぶ代わりに、榎木津はが側にいるのは当然のことだと思っている。これをほっぽって、勝手に外に出たりしたら、さすがにふて腐れるかもしれない。に首輪はないが、彼女はいわゆる家猫なのだ。
「ほら、早く眠らないと、太陽がどんどん逃げていってしまうぞ。あれは身勝手だから、追いかけるのは骨が折れる」
刻一刻と狭まっていく畳の上に落ちた日溜りをさしているのか…。それこそ太陽のように身勝手な男がいうことではない。
「では、腕を…。その代わり、後で痺れたなんだと文句は言わないでくださいね」
言うと、榎木津は満足そうに微笑んで、片腕を差し出した。寄り添うように横になると、
榎木津の両腕がを包み込んだ。
守られていると感じる。心が、安らぐ。
急激に睡魔に襲われた。ここで眠ってしまったら、自分はしばらく目覚めないかもしれない。
だが、それでも、守ってくれる人がいるなら、無防備な姿を晒してもいいと思えた…