Text

天帝少女





「どうして天国で働かないの?」
 と。
 いつもへらへらと笑った顔が急に真面目になったので、は驚いてしまった。
 白澤の商う『うさぎ漢方 極楽満月』にて、鬼灯の遣いで薬を受け取りに来たを、帰り際に白澤が呼び止めたのだった。
「どうしてって……私、死んだ時、地獄逝きでしたし」
 現世で子供を攫った罪で、は地獄に落とされたのだ。罰を受けた後もなんとなくそのまま地獄に居ついてしまったのだが、にとってそれは至極あたりまえの事だった。むしろ、姑獲鳥である自分が、どうして天国で働けようと驚いている節すらある。
「でも君、天帝少女でしょ」
 の驚きを打ち消すように、白澤は姑獲鳥の別の名を挙げた。
 天帝少女――――すなわち天帝の娘である。
 下界にはなぜ姑獲鳥が天帝少女とも呼ばれるのか、その理由はうまく伝わっていない。夜行遊女に鉤星、鬼鳥、鬼車とも、姑獲鳥には名が多く、天帝少女もそのうちの一つになってしまっているのだ。
 だが、実際には天帝少女と姑獲鳥は表裏一体である。
 青い炎を纏い魂魄を連れて歩く鬼神・姑獲鳥と、天より舞い降り人の姿に変じる天女・天帝少女。陰陽の面をそれぞれに表している。鬼神の性質から姑獲鳥は常夜の者に思われがちだが、天帝少女の面に注視すれば天上の存在でもあるのだ。
「うーん……でも、私、死神っぽいですし。子供を攫うところとか、パイド・パイパーみたいですしね」
 悪役の代名詞のようにハーメルンの笛吹き男の名を出したのだが、白澤は笑わなかった。むしろワルキューレみたいなものでしょ、と真面目に返されてしまう。
「死神と天の使いは紙一重だよ。アジア圏じゃ善悪の区別なんて、そもそも曖昧なんだし」
 そもそも僕なんて神獣だけど、妖怪の長なんて呼ばれてるんだよ――――? と、白澤は前髪を書き上げ、自分の額の目を見せる。この世の叡智のすべてを知る白澤の目を向けられていると、心の中まで見透かされたようで居心地が悪かった。
   吉兆も凶兆も、結局は人間が後からつけたものだ。地獄の対義語は天国ではないのだし、そもそも地獄も天国も現世もたった一つの門で繋がっているのだ。元はすべて同一なのだと言ってしまえば容易いのかもしれない。
 閻魔大王と地蔵菩薩がセットであるように、姑獲鳥の姿も天帝少女の姿もどちらもの本性なのだ。
「僕は姑獲鳥の姿に拘らなくてもいいと思うけどね。現世の罪なんて、とっくのとうに贖ってるわけだし」
 もう、とっくに許されてるよ――――
 白澤は額の瞳で、を見つめたまま告げた。
「白澤様……」
 普段ちゃらんぽらんなくせに、不意に大真面目な顔を見せるから困ってしまう。
 いつからの心の底に巣食う罪の意識に気づいていたのだろう。地獄に落ちた自分は、罰を受けた後も、そこから離れてはいけないような気がしていた。
 自分は醜い姑獲鳥。そんな本性の私が、天界に昇れるはずがない――――と。
 いつもはへらへらしているのに、白澤はしっかりの心のわだかまりに気づいていた。本人にこんな事を言ったら、伊達に長生きしてないよと笑われてしまうかもしれないが。
「ありがとうございます。でも……、私、大丈夫です」
 はゆっくりとかぶりを振った。
「これでも今の仕事、気に入ってるんです。鬼灯さんはちょっと怖いけど……でも、とても良くしてくださいますし、地獄のみんなの事も、私好きです。だから……今は、罪の意識ばかりではないんですよ」
 が微笑むと、白澤はそう、とわずかに笑みを浮かべた。
ちゃんがそれでいいなら僕はいいけど。でも、鬼灯のヤツが嫌になったらいつでもおいで」
「あはは。覚えておきます」
 笑いながら、この人とこんな風に話したのは初めてかもしれない、とは思った。
 出会いが出会いだっただけに、心のどこかで白澤への苦手意識があったのだが、その胸のしこりが水にとけるようになくなっていくのを感じる。
 自分の二面性に彼が気づいてくれたように、一つの面だけでその人の事を決め付けるのはやめよう――――そう、が心に決めたその時。
「…………あの」
「ん、なあに?」
 ぎゅっと握り締められた、自分の両手を見やる。
「なあにって……あの、手……」
 鬼灯のスパルタのおかげで男嫌いが治まってきたものの、まだ触れられると緊張で汗がにじみ出てしまうのだ。
 だが、の手のひらがしっとりと濡れ始めているにもかかわらず、白澤はその手を離さない。というより、さわさわと手の甲を撫でるように指先を滑らせる。
「僕のこといい男だなって思ったでしょ?」
「は……?」
 両手を握り締めたまま、ぐっと一歩前に白澤が詰め寄る。それにあわせて、も一歩退いた。
「博識だし、イケメンだし、優しいし、イケメンだし」
「え? ……あの、ちょっと……?」
 イケメン二回言いましたよね――――
 白澤が詰め寄り、が引くという繰り返しで、ずんずんは壁際に追いやられていく。
 これ以上、下がれない所まで追い詰めると、白澤がにこりと微笑んだ。
 の顔からさぁっと血の気が引き、
「天女のお話は異類婚姻譚が付き物だよねえ? どうかな、せっかくだから僕と異類婚姻譚でも、試してみな……」
 べちんとの振り上げた平手が白澤の白面を打った。




end


天帝少女の捏造話でした。
しかし、不思議な事に白鳥処女説話って世界各地で残ってるんですよね。
身近なところだと羽衣伝説、鶴女房、ワルキューレや七夕の織姫なんかにも、
そういう話が残されているようです。
白鳥の湖とかプレアデス神話もそうっぽいし、探すとたくさん出てくる。
なので、羽衣伝説のような逸話のある姑獲鳥って、もしかして天女なんじゃないの? と勝手に話をでっち上げてみました。
実際なんで天帝少女と呼ぶのかは、よくわかりません。