失言
たった一言。
思わず唇から滑り落ちた言葉を、掬い取るように両手で口を押さえた。だが、その時にはすでに、それは白澤の耳に届いていた。
鬼灯様の方が白澤様より何千倍も素敵です――――
白澤のだらしなさに呆れて思わず口にしてしまった言葉だが、犬猿の仲である彼らの関係を知っていながら鬼灯と比べるような真似をしたのは失敗だった。
怒らせてしまっただろうかと、おずおずと視線を上げると、そこにはいつもの顔があるだけで、白澤は暢気に笑っていたのだ。
ひどいなぁ、ちゃんは。
そんな事を言ったように思う。
俺は神獣なんだよ? 常闇の鬼神なんかと比べないでよ、とも言った。
ごめんなさい、いいよ別に、そんなやり取りをして二人の会話は別の話題へと移り、はきっと許されたのだろうと思っていた。
だが――――
「起きた?」
覚醒してしばらく、の頭を満たしたのは純粋なる混乱だった。
中華風の寝台の上に横たわった自分。少し離れた所に置かれたこれまた中華風の椅子に腰掛けて、白澤が優雅に茶をすすっている。
「あの……」
状況がうまく飲み込めず、が身体を起こすととたんにぐらりと世界が揺れた。
急に起き上がらないほうがいいよ、と白澤が言う。
「薬がまだ抜けきってないんだ。あと三四時間は平衡感覚が戻らないかな」
「くす、り……?」
怪訝な表情を向けるに、白澤は小さな小瓶を掲げて見せる。透明な瓶の中には赤い柘榴のような実が詰まっていた。
白澤の調合した薬なのだろうが、それをどうして自分が服用したのか分からない。
そもそも、いくら記憶を手繰ってもそんな物を口にした覚えはなかった。
「不思議そうな顔してるね」
白澤が笑う。
笑いながら青磁の茶碗をかちゃりと机に置き、ゆっくりと立ち上がった。
緩慢な動きで近づいて来る。その姿には何か不穏なものを感じた。
「わ、わたし……帰りますっ」
バランス感覚を失った身体を何とか起こし、は姑獲鳥の姿へ変じばさりと翼を広げた。
だが――――
「だめ」
瞬間、白澤の白い手がの身体を寝台の上に押し付けていた。驚く間もなく白澤はの羽毛に手をかけると無理やりそれを脱がす。まるで羽毛布団の中身でもぶちまけるように、の淡い色の羽が宙に舞った。
人の姿に戻り寝台の上におし倒されたは、ただただ驚きの目を白澤へ向けていた。
羽毛を奪われたこの状況が、かつてが体験した松島での事を思い起こさせる。
「かえ……返してください!」
は必死に羽毛を取り戻そうと手を伸ばすが、それは容易く白澤の腕によって阻止されてしまった。
謝るどころか、の手を押さえつける白澤は楽しそうな様子ですらいる。どうして、と何度目かの疑問の言葉を口にすると、白澤はくすくすと笑みを零しながら告げた。
「ちゃんがいけないんだよ」
「え……」
「鬼灯なんかと比べたりするから。あんな風に言われたら……ねえ?」
白澤はいつもの笑顔のまま。
だが、細めた瞳にどこか薄暗い闇を宿している。
水の中に引きずり込まれたように、の胸はどんどん冷めていく。怖いと。普段ちゃらんぽらんな顔しか見せないこの男の事を恐れている。
何千年も何万年も生きた神獣。のような一介のあやかしとは、格が違う――――
白澤の白い指先がの頬を撫でた。
ねえ、と甘い声で囁いて、妖艶な笑みを浮かべて、
「僕の事が好きで好きでたまらなくしてあげようか? 僕なしじゃ生きられないくらい溺れて、堕ちて……天国に連れてってあげるよ」
end
やってもうた。
狂愛スキーとしては狂った神獣を書いてみたかったのですが、なんという改竄!
こんな陰気くさい神獣はいないと思いますが、書いてて楽しかったです(笑)