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 珍しく瞳孔の開ききったの身体から、あの高温の炎が立ち上らなかった。
 代わりに手にしたのは黒光りする鉄の塊。そのカラクリが人間によって生み出された拳銃なる武器だという事は白澤も理解していたが、ソレが一体どういう性能であるのかは知らなかった。
 そんな白澤の心の動揺を読むように、がさらりと答える。
「これはスミス・アンド・ウエッソンM36。ダブルアクション式小型拳銃です」
「は、え?」
「その中でもLady Smithと呼ばれるこのモデルは、女性の護身用として生み出された女性向けモデル……といっても、用心鉄の上にその刻印があるだけですが、つまり威力は通常のM36と同様と言う事です」
「う……んん?」
「この和装で重い銃など持ち歩けないと危惧していたのですが、予想以上に携帯性に優れたフォルム……現世の武器も馬鹿にできませんね」
「あ、っと、つまり?」
「つまり……こういう事です」
 そして容易く引かれる、引き金。


下世話な話





 幸か不幸か吉兆の神獣・白澤が死ぬことはない。白澤でなくともこの地獄と天国の堺で、命が損なわれることはないのだが見事に白澤の眉間には、38mm口径で撃ちぬかれた痕がある。腐っても神なのだからどうせあと数分もすれば再生してしまうのだが ――――
「お前のせいか!」
 と、の居ない執務室に殴りこみに入り、入室0.5秒で顔を凶悪に歪めてみせた鬼灯へ白澤は食って掛かった。
「なんですか騒々しい。騒々しくするなら息吸わないでください。息吸いたいなら心臓止めてから吸ってください」
「言ってる事がいつも以上にめちゃくちゃだな、おい!」
 バン! と書類を広げたデスクを叩き、白澤は猛抗議を続ける。
「お前か? お前だな!? お前なんだな、ちゃんにあんな物騒なもの持たせたのは!」
「物騒なもの?」
 はて、と考えたから、思い出したように手を叩く。
「ああ、スタングレネードですか」
「違うよ! っていうか、なんてモン持たせてんだよ!」
「いえ、あなた目玉が無駄に多いからよく利くんじゃないかと思いまして」
「僕限定かよ! それはそれでちょっと嬉し……くないよ! 神獣相手にスタングレネードで目潰ししてくるなんて、どこのテロリストだ!」
 突っ込み疲れたのか、白澤はぐったりと肩を落として溜息をつく。ようやく収まった白澤の猛抗議に、分かってますよとばかりに鬼灯はさらりと言ってのける。
「まあ、軽い護身用武器ですよ。最近不調らしいですから、鬼火がうまく炊けないんだそうです」
 ああ、それで今日は丸焦げにされなかったのか、と納得する反面、なんで護身用武器を自分に向けられなくちゃいけないんだと白澤は不満たらたらだ。
「そういうのって亡者に向けるもんじゃないの?」
「そうですね。歯向かって来たら迷わず撃ちなさいと指導してあります」
「僕が迷わず撃たれたんだけど?」
「教官の指導が良かったんですね。教官はもちろん私です」
 白澤はぎりぎりと鬼灯の肩に爪を立て、言葉にしてやりたい罵詈雑言の数々を表情に浮かべた。それすらも、何ですかむさ苦しい、とこの常闇の鬼神は鋼の心で跳ね返してしまうのだが。
 ともかく鬼灯相手に噛み付いても意味が無いのだ。貴方も懲りないですね、と最大にムカつく感想を叩きつけられて、おかげ様で、と悔し紛れに返してやる。そんないつも通りの平和なやりとりの最後に、そもそもの原因を鬼灯は尋ねる。
「それで? 今日は何を?」
 今日はと聞くところがすでに痴漢の常習犯みたいなものなのだが、それはさておき白澤の話である。
「いやさぁ、異類婚姻譚ってあるじゃない」
「鶴女房とかのお話ですか?」
「そうそう。よくある人間への恩返しに、動物なんかが綺麗な女の子に化けて嫁ぐってやつね。ちゃんも一種のソレじゃない」
「はあ、天人女房ですか」
 天人女房とは世界各地に広がる白鳥乙女説話の中でも、とりわけ天女を妻とした場合の説話の一つである。いわゆる羽衣伝説と呼ばれる伝説の類で、空から降りてきた天女の羽衣を人間の男が隠してしまい、妻になるといったものだ。その後のストーリー展開は地方によって異なるようだが、姑獲鳥のケースは男との間に子供をもうけ、後に母子ともども天に還ってしまうという顛末だ。
 伝説がそうだったというだけで、の場合は羽衣を隠して結婚を迫ってきた男を、近くの鈍器で殴り倒して逃げたという、過剰防衛に問われかねないハードなケースだった。このケースは男による執拗なストーカー被害も加わり、の過剰防衛は不問、男に婦女暴行及び痴漢罪と窃盗罪の刑罰が下ったわけだが、はそれがきっかけですっかり男性恐怖症に陥ってしまったのだった。男性に慣れつつあるのに、ふいに衝撃や混乱を受けたりすると、ついうっかり相手を燃やしてしまったりする。もっともその相手とはほぼ白澤なので、実害は出ていないのだが。
「でさあ、まあちゃんは姑獲鳥なわけだよね。鳥類ってわけ。つまりちゃんと交わるのって獣か、」
 言わせるかとばかりに、鬼灯は無言で白澤を鼻柱に容赦なく拳を叩きつけた。つうっと鼻血が鼻孔からこぼれたが、懲りずに白澤はその続きを口にする。
「で、僕も正体は白澤だから、獣と鳥類のダブル獣か、」
「黙れ、ボルボックス野郎」
 ゴキッと鈍い音がして、二度目のパンチを食らった白澤はずるりとそこに崩れ落ちた。一発目を受けた後でさえ、最後まで言わんとしている事を口にしようとしたのは、何か大変バカバカしい執念を感じるがこれはに眉間を撃ちぬかれても文句は言えない。
「というか貴方、なんてこと女性に言ってるんですか」
 と呆れつつ白目を向いた白澤の顔を見やり、ここにS&Wがあったなら同じ場所にもう一発食らわしてやったのにと惜しく思うのだった。




end


暗い話が続いたので、バカバカしい話を一つ……。
鳥類と獣の交配ってレベル高いなとか思った私はサイテーです。
実にすみません!