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 白澤は最近同じ夢をよく見る。
 ワダツミの夢と密かに名づけている夢だ。
 それは地獄の花町で遊女と同衾している時も、飲み屋で酔っ払ってへべれけになっている時も、時を選ばずやって来る。
 悲しい夢だった。
 白澤はどこかの浜辺にいる。一本松が植わっている以外は何もない寂しい場所だ。
 海は穏やかだが、深い色の青はどこか厳格な印象を与えた。
 その海の中へ、薄い色の衣をまとった少女がざぶざぶと波を掻き分け沈んでいく。
 浜辺には少女のものと思しき足跡が残っていて、それはまっすぐに海へ向かっている。
 ねえ、何してるの? 海水浴にはまだ早いよ――――
 そんな軽口を夢の中の白澤は呑気に口にする。
 少女は応えない。振り返りもせず、ひたすらに海の方へと進む。
 よしなよ。まだ水が冷たいし、そんな事より僕と遊ぼう――――
 白澤の軽口は続く。だが、やはり少女はそれを無視して、一心に海を目指す。薄絹の衣が濡れるのも、羽衣が波に流されるのも気にせず、ただただ歩を進める。
 そこで少女の嗚咽が聞こえる。
 お願い、帰して。ここはいや。ここはいや。ここはいや――――
 涙と共に波紋が広がって、白澤はぞわりと背筋が粟立つのを感じた。
――――
 少女の名を呼んだつもりだった。
 だが、何故か声にならない。少女の嗚咽だけが、ワダツミの声に混ざって響く。
 白澤はを連れ戻そうと、砂を跳ね上げて懸命に走る。だが、波は重く、白澤を拒むように身体が動かなくなる。
 そうしている内に一際大きな波が寄せて、とぷん――――と。
 の姿は海の中へと消えるのだった。



ワダツミ02





 最初、白澤が考えたのは、それはの死の記憶ではないかと言う事だった。
 と出会った事で脳が古い記憶を引っ張り出し、都合よく今の自分を夢の中に出演させたのではないか、と。
 だが、どうやらそれは違うらしかった。
 夢の中のが死の間際の記憶なら、彼女は自殺で命を落とした事になる。
 だが、もしが自死したならこうして地獄で働いているのはおかしい。もしが自殺者であるならば、時間的に考えても、まだ刑罰を受けている最中であるはずだからだ。
 白澤は万物を知る神獣である――――が、さすがに何百年も前の記憶をピンポイントで呼び覚ますのは難しい。そこで白澤が思い出したのが、地獄にある浄玻璃鏡である。
「おー、これこれ」
 使わない時は倉庫に仕舞われているのか、あの世の不思議アイテムの割りに扱いが雑である。もっともパッと再生の出来ない不便な鏡ではあるが。
「えーと、電源、電源」
 備え付けのコンセントを挿して、リモコンの電源を入れる。
 曖昧な記憶を頼りにキュルキュルと巻き戻していくと、幼い頃のの姿が映った。肩から生えた羽はまだ短く、完全に鳥の姿にはなっていない。腕の先だけ変化したような形は、まだが人間とあやかしの中間であった事を意味する。
「やっぱり可愛いな〜。この頃にちゃんとツバつけとけば、今ごろ僕好みの美女になって一番の恋人になってたのかな〜」
 鼻の下を伸ばしながらしばらくの成長を眺め、そんな場合じゃなかったと十五分後に思い出す。
 更に時間を進めていくと、砂浜で人間の男に襲われるシーンが移った。の男嫌いの原因を作った男で、この後パニックに陥ったに鈍器で滅多打ちにされる運命を持つ。
「ちっ、なんだコイツ。そのまま死んじゃえ」
 と、神獣らしからぬ言葉を吐いて、白澤は更に時間を進める。
 妖であるは白澤ほどではないにしろ長命で、その記録は膨大である。肘をついてそれを眺めながら、そういえばどうしてアイツは僕がの事を調べようとしたのが分かったのだろう、と疑問に思った。
 まあ、白澤がわざわざ鬼灯に頭を下げるのだから、それなりの理由がある事は察しが付くだろう。
 もしかしてアイツも同じ夢を見てるんじゃないよな――――
 ブルリと悪寒と共にそんな想像をし、それを振り払うように白澤は首を横に振った。
「ん?」
 その時、白澤の目に奇妙な映像が流れ込んできた。
 錆びた鉄格子から白い腕が伸びている。引っかいた傷や、強く握られた指の痕がくっきりと残っているほか、細いつめ先には乾いた血がこびりついていた。
 なんだろう?
 怪訝に思い白澤が映像を巻き戻すと――――
「う……」
 思わず白澤は口元を手で覆っていた。焼け付くような胃酸が身体の奥から込み上げて来る。
 挿され、切り開かれ、潰され、暴かれ、落とされ、断たれ。
 唐突に飛び込んできた凄惨な画像に、吐き気と共に涙がこみ上げてきた。
 なんだこれは。なんだこれは。なんだこれは。
 これは人間の所業じゃない――――




end


プチですがグロ描写、失礼しました。
前章の「秘密の秘密」でも触れてますが、
ヒロインは割りと悲惨な死を遂げていて、
たまたま白澤はその光景を見てしまったという流れです。