天帝少女の地獄逝き・秘密の秘密06
「貴方まだ生きてたんですか? てっきりどっかの戦場で、矢ガモにでもなっていたと思いましたよ」
久しぶりの再開にも関わらず、鬼灯の言葉は辛辣を極めていた。
最後に戦場で出会ってから、ゆうに数年は経っていただろう。老いを知らない彼らに数年の月日は一瞬のまたたきのようなものに違いなかったが、それでも久しぶりに出会った姑獲鳥の顔を、鬼灯は懐かしいと感じたのだった。
の生まれた唐土の国から遥か遠く、日本と呼ばれる前の東洋の国の田舎では平凡な生活を送っていた。木綿の小袖は模様のない単色もので、髪にはかんざしの一つもない。意匠を施した軍衣を纏っていたあの頃とは、比べ物にならない質素な暮らしぶりだ。
戦もなく、娯楽もなく、ただ穏やかであることだけが長所のような場所は、とてもには相応しくないように思えた。
派手好きで、享楽的で、人と人の魂を好むこのあやかしは、良くも悪くも人間たちの忙しい営みから離れる事は出来ないのだと思っていた。
戦というのはその究極の形だ。欲望にしろ、願いにしろ、誰かの想いと想いがぶつかり合って、誰にとっても決しては安くはないはずの命が、紙切れのように舞い散るのだ。
それほど多くの感情が渦巻く場所はなかろう。だからこのあやかしは戦場を好むのだろうと、そう思っていた。
だが、の腕に抱えられたそれを目にした瞬間、鬼灯はこの奇妙な再会を受け入れなければならなかった。
嗚呼、これでは――――適う筈がない。
「まさか貴方のような方が、人間社会に上手く溶け込む事が出来るとは思いませんでした」
祝福がわりの毒が、鬼灯の口をついていた。
元気な泣き声。目の前の男が鬼神だとも、自分を抱く女が姑獲鳥だとも知らずに、ただ大声で生きていると主張するそれは、鬼灯も地獄の閻魔大王も適う筈がない。
はくすくすと笑みを浮かべながらも、母親の慈愛に満ちた眼差しで我が子を見つめ、あやしていた。
「その子供はどうしたのですか? 誘拐も十分犯罪ですよ」
半分皮肉、そして半分は忠告である。
雌しか存在しない姑獲鳥は子供を産むことはない。姑獲鳥となる子供は、すべて余所からもらわれて来た子供なのだ。
がそうであったいうに、人間の子供を攫い、姑獲鳥は自分の子供とする。姑獲鳥に育てられた子供も姑獲鳥となり、やがて母と同じように子供を攫うのだ。そうして彼女たちは殖え続けるのである。
はころころと笑いながら、違いますよう、と首を横に振った。
「あいにくこの子は攫った子じゃありません。戦場に捨てられていたんです」
「……本当ですか?」
「本当ですよ。閻魔様の補佐官様に嘘なんてつきません」
疑うようにじと目を向けつつも、悪知恵の働くがそんな詰まらない嘘をつく事もないと鬼灯は納得した。
戦場に子供を捨てるなんてひどいですね、とは怒っていたが、その戦は一体誰が起こしているのだと突っ込んでやりたくなった。もっとも本人は激化はさせども、自分から起こしはしない、と言うのかもしれないが。
ともかくも、そういう事情では戦場を離れ、海を渡り何もない田舎町へ越して来たのである。なぜ日本を選んだのかという問いに、明確な答えはなく、
「子供を育てるなら、静かな環境がいいかと思って」
と、はけろりとした顔で答えた。
子供のためならば大好きな戦も捨てられるし、自分の事も簡単に忘れてしまうのだと思うと胸の辺りがむかむかした。
これは決して悲しんでいるのではない。のいない戦場を寂しいなどと思った事はないし、むしろ煩い奴がいなくなってせいせいしていた。
だが、
「勝手に居なくなって、貴方は一体何を考えているんですか」
しかも――――勝手に子連れになるなんて。
はきょとんと目を丸めて、鬼灯を見返した。
「鬼灯様……もしかして拗ねていますか?」
「違います。断じて拗ねているのではなく、貴方の自分勝手な行動に腹を立てているのです。人のことを散々振り回しておきながら、子供が出来たらはい、さよならですか? せめて迷惑をかけた分、挨拶くらいしに来たらどうなのです」
機関銃のようにまくし立てる鬼灯を前に、は呆けた顔をするしかなかった。挨拶をするも何もあの世の住人にどうやって会えばいいのか、まさか死ねとでも言っているのか――――そんな事をぼんやりと考えて、は思わず噴出してしまった。
「何を笑っているのですか」
「いえ。鬼灯様もお可愛らしいところがあるのだと思いまして」
「何ですか気持ちの悪い」
本気で嫌そうな顔をした鬼灯に、はやはり柔らかな笑みを向けていた。
end
この再開は喜ぶべきなのか。