国を変え、戦場を渡り、だがどの時代の戦場にも彼女の姿はあった。人間の姿に化け、名前を偽り、は戦場にあり続けた。
何故あなたは戦場を求めるのですか。
一度、に尋ねた事がある。
はにこりと微笑むと、純粋な乙女のような顔でこう言ったのだ。
「だって戦場に来れば、鬼灯様に会えるでしょう?」
あまりにが無邪気に答えたためか、鬼灯はうっかり毒気を抜かれてしまった。
八百屋お七でもあるまいに。
戦場に来るのが自分に会うためならば、は自分に会ってどうするつもりなのか。鬼灯にはまったく理解できなかった。
天帝少女の地獄逝き・秘密の秘密05
「鬼灯様?」
医務室から戻ってきたに声をかけられ、鬼灯は慌てて巻物を閉じた。訝しげなに何でもありませんと返し、書架の奥に設置された金庫の中へ無造作に巻物を放り込む。
書架の鍵と異なり、金庫の鍵は鬼灯しか持たない。この中にいれておけば、が誤って手にすることはないだろう。
「さあ、仕事へ戻りますよ」
の視界から金庫を隠すように立ち、さあさあと追い立てるように書架の外へ出す。
「あの、鬼灯様?」
ガチャリと鍵を閉めた所で、が不思議そうな顔で鬼灯を見上げた。
「八百屋お七とはなんでしょう?」
「……というと?」
「いえ、先ほどそう呟いておられたのが聞こえたので」
まさかに聞こえていたとは思わず、鬼灯は自分の不用意さに思わず舌打ち打ちしたくなった。
「特に深い意味はありません」
と、そ知らぬ顔で嘯く。
「そうなんですか? 八百屋お七ってあれですよね、恋人会いたさに自分の家に放火して死罪になるっていう」
だいぶ間をすっ飛ばしているが、認識としては正しい。
江戸時代の演目の一つだ。ある日、大火事にあい家族と共に寺に避難していたお七は、そこで寺の小姓と恋仲になる。だが、家は建て直され、お七は恋人と離れ離れ。どうしても恋人に会いたいお七は、火事になれば再び恋人に会えると思い込み、自分の家に火をつけてしまうのだ。
それと――――かつてのを重ね合わせたのは、鬼灯の都合の良い妄想だろう。
あの悪党はとうていそんな可愛げなど持っていなかったし、自分たちは恋人でも何でもない。ただ確かに、戦場に向かえば、互いに顔を合わせることはあったかもしれない――――それだけだ。
「……さんはどう思いますか?」
ふと、自身に質問を返していた。
ここに居る彼女はかつて鬼灯が戦場で出会った、あの姑獲鳥とは別なのだと知りながら。
はううんと小首をひねって考えた後、
「よく分かりません」
と、苦笑を浮かべて見せた。
「だってもし恋人に会えても、自分は罪を犯す事になるんでしょう? それじゃあ恋人もきっと喜ばないだろうし、嫌われちゃのいやですから」
「……そうですか。さんらしい答えだと思います」
妥当な答えだろう。先を考えるならば、それが正しいのだ。
だが、あの姑獲鳥はきっとそれを解さない。罪も罰もどうでもいい、ただ気持ちばかりが高鳴って――――
「それでも、あなたに会いたかったから。たとえ何人の命が失われても、あなたに一目会いたかったから」
ふいに呟いたに鬼灯は驚いて顔を上げた。
すると、は悪戯っぽい笑みを浮かべて、
「万が一こんなことを言う女の人がいたら、それきっと確信犯の悪女に違いないですよ」
あの姑獲鳥が悪女かどうかはさておき、確信犯の笑みを浮かべるほどには小賢しい女ではあったと思う。
は決して色香で誘惑することはなく、また鬼灯も色に落ちることはなかった。二人の間は決して白澤と人間だった頃のがそうだったような、甘く優しい関係ではなく、戦場で度々見える、だが腐れ縁と呼ぶくらいには気心の知れた仲になっていた。
「いつか貴方死にますよ。姑獲鳥とて不死ではないでしょう」
いつだったか矢傷を負ったに苦言を呈した。は大丈夫ですよ、などと根拠のない自信を掲げながら、いつものように憎たらしい笑みを浮かべていた。
「それにここに来たらいつでも鬼灯様に会えるし」
「地獄に落ちればいつでも会えますよ」
「あはは、それはまだ遠慮しておきます」
「まだと言うことは、いつかは地獄に落ちる覚悟があると言うことですね」
「さあ、有罪を立証できるなら、いつでも喜んで落ちますよ?」
「では、貴方がこちらに来た時には、特別な地獄で出迎えるとしましょう」
甘やかな言葉など一つもなく、むしろ鬼灯から向けられるのは冷たい言葉ばかりであったはずなのに、は鬼灯に会う時はいつも笑顔を彼に向けた。まるで鬼灯との会話そのものを楽しむように。
いつしか鬼灯にとってもそれが当たり前になっていた。大きな戦には必ずあの姑獲鳥がいるのだろうと思っていた。
いつものように不敵な笑みで、したり顔でこれは罪ですか? と問うてくるあの姑獲鳥が。
だが、ある時を境に、一切の戦場から彼女は姿を消した。
end
憎たらしい。忌々しい。
だからなのか、無視もできない。