ヒロインがゲスいです。
過去の話ではありますが、悪徳ヒロインが苦手な人はブラウザバックを。
鬼灯の長い説明の途中で寝入ってしまったを迎えに来たのは、青白い炎を纏った一羽の妖鳥だった。その姿を目にし、鬼灯はが姑獲鳥の娘である事に気づいた。そして、かつて白澤が熱を上げていた、人間の娘の変じた姿だと理解した。
「お子さんの躾はしっかりお願いします」
苦言を呈した鬼灯に姑獲鳥は申し訳なさげに頭を下げながらも、が人間を殺してみようかと変な興味を覚えたことを、特段悪い事だとは感じていないようだった。
「あらあら、いけない子」
と妖艶な笑みを浮かべながら、こつりと我が子の頭を小突く。
あやかしである姑獲鳥に善悪を説くつもりはない。鬼灯は聖人などでは決してないし、あやかしの本分に口を出せる筋合いではない。
死した後、地獄に堕ちたその先で、罪に似合った罰を与え苛むだけだ。
忠告はすれど、それを止める事は出来ないし、しない。存在そのものが邪悪であるのなら、それはこの世の必要悪に違いないと思うからこそ、それ以上の余計な口出しは筋違いと心得ている。
しかし――――
「老婆心ながら善悪の区別くらいはつけさせるべきかと」
それは普段の鬼灯であれば余計な一言だっただろう。姑獲鳥の雛鳥がやがて死んだ後、地獄に堕ちてどんな目に遭おうと、鬼灯にとってはどうでも良い事であったはずなのだ。
だが、あまりにもが無邪気に善悪の堺を飛び越える様が、なぜか居たたまれなかった。人間の頃はやんごとなき身分であったから、というのも理由の一つかもしれない。
神獣・白澤が現れるほど徳の高い聖人であったはずなのに、こうもあっけなくあやかしに身をやつし、汚れていくのかと思うと――――何故か惜しく思えたのだ。
天帝少女の地獄逝き・秘密の秘密04
それからどれだけの歳月が流れたのか――――鬼灯とは再び戦場で顔をあわせた。
「ご無沙汰しております、鬼灯様」
と。
美しい娘の姿で、再びは鬼灯の前に現れたのだった。
「……私の忠告は聞いてもらえなかったようですね」
の服装が軍衣である事を認め、鬼灯は小さくため息をついた。だが、これは予想の範囲内だ。
やはり善悪を持たぬ姑獲鳥に、それを守れというのは意味を成さない。人間が人間の理で善悪を定めるように、姑獲鳥は姑獲鳥の理に乗っ取り善悪を持たぬのだ。蝶に向かって羽ばたくなと言うようなもの。ならば、部外者である自分が、その事に落胆するのは心得違いである。
だが、はふふふ、と笑みを浮かべる。
「私は私なりに鬼灯様の摂理の意味を考えたつもりですよ?」
愛らしく小首を傾ける。
客観的に見て可愛い部類に入るのだろう。だが、幼い頃の無邪気さはない。代わりに蟲惑的な妖しい色香を放つようになったと思う。それが無意識にしろ、意識的なものにしろ、あやかしとして彼女は正しく成長したのだ――――姑獲鳥の理に従い。
「……こんな所で何をしているのです。そんな、人間のような格好をして」
鬼灯は目を細め、の――――翼を収めた人間と変わらぬ姿を見据えた。もともと人と同化する事を得意とするあやかしである。こうして羽毛を脱いでしまえば、その姿は人間と寸分違わない。
だが、鬼灯の言っているのはの纏った軍衣である。記憶違いでなければ、その服装は今回の戦の一方のものである。しかも服に施された意匠を見るに、決して位が低いものではない。
「まさか……従軍しているのですか?」
鬼灯が訝って呟くと、が嬉しそうに手を叩いた。
「そうなんですよ!」
まるでなぞなぞを当てられた子供のような反応を示す。その無邪気な笑みに初めて出会った頃の顔を重ね、鬼灯はぴくりと眉根をひそめる。
「現世で人を殺せば裁かれると、お話したはずですが……」
先ほど関わらぬようにしようと思っていたにも関わらず、鬼灯は思わず咎めるような口調になっていた。だが、は違いますよぉ、と明るい声で否定する。
「私は誰も殺していませんよ? 私は助言をするだけです。ここを攻めれば敵は困る、ここを狙えば敵軍は瓦解するって」
つまり、軍師の真似事と言うことか。
は得意になって語った。どこそこの戦場ではいくつの軍を殲滅した、指揮した軍が大将首をいくつ挙げた、と。
人間に紛れ、人間の名を語り、人間の姿でそれをするのだ。妖力を一切つかわず、人間の持てる力でのみそれを成し得る。
確かに彼女は成長したのかもしれない。幼い頃のは、そんなまどろっこしいやり方よりも、自分が燃やし尽くしてしまえばいいと思っていたに違いない。
だが今は、その限られた物資や人員の中で、いかに自軍を勝利に導くかを楽しんでいる。まるで遊戯のように、人間を駒に遊んでいるのだ。
「……あまり良い趣味とは言えませんね」
鬼灯が不快感を露わにしたのを知りながら、はおどける様な口ぶりで尋ねる。
「なぜ? 皆、喜んでいますよ。諸葛孔明の再来だって」
「……あなたが姑獲鳥である事を知らないのでしょう」
はくすくすと笑いながら、禽獣の瞳で鬼灯を見つめる。
「そんな事は関係ありませんよ。彼らは私が何者であろうと構わないのです。敵国の侵略を食い止め、己が領地を増やすことが出来れば満足なのです」
ふふふ、うふふふふ――――
ぎらぎらと輝く瞳を弧を描く月のように細め、は妖しく笑みを浮かべる。
「歴代の軍師と私の間に、一体何の違いがありますか? 志? 信念? 忠義? それがあれば侵略は許される? それとも防衛であれば戦いはやむを得ない?」
「………」
「人など勝手なものなのです。平和のための戦、正義のための戦い――――反対側から見れば、それは真逆の意味を持つと言うのに」
勇敢な戦士に祝福を与え、英雄を崇め奉り、勝利と凱旋を喜ぶ。
だが、それは正義か? 英雄はなぜ讃えられるのか?
鬼灯は冷めた目でを睥睨すると、下らないと、軽く首を振った。
「私は聖人でもなければ、宗教家でもありませんよ。現世における正義と悪について議論するつもりもなければ、この場で貴方を糾弾するつもりもありません」
だから――――そんな下らない話で、煙に巻こうとするな。
そもそも地獄の官吏に、この世で今起こっている出来事に干渉する術などないのだ。鬼灯の役割はあくまで地獄にある。現世で抱えた罪を裁き、償いを負わせる事にこそあるのだ。その元について、善だ悪だとあれこれ言うつもりなどない。
だが、
「ただ――――私の個人的な感想で言わせていただくのなら、ずいぶん下衆な発想を思いつくのですね」
はくすくすと笑みを浮かべた。
確かにの行いは地獄の裁判でも判断が難しいところであろう。
は直接手を下したわけでもなければ、意味もなく加担しているわけではない。今回の戦に限って言えば、これは防衛戦だ。あくまでは身を寄せている国を守るために、働いているに過ぎない。抗わなければ、代わりにこちらが死ぬ。だから、抗ったのだ。
そして、その役割はである必然性がなかった。彼女がしなければ、別の誰かが彼女の代わりに軍師を名乗り、同じ策を授けたはずだ。
でなくても、この戦でなくても、この国でなくても――――どこかで起こりえた事。争いによりつむがれた人類の歴史の、ほんの一端の出来事に過ぎない。その、たまたま一部分にが組み込まれているというだけ。
もし、これを罪というのなら――――
「鬼灯様」
鬼灯の胸中を悟るように、がふふふと笑みを浮かべる。
「これは罪ですか?」
まるで嘲るように。
「己の命を守るために戦うこと、それは罪ですか?」
鬼灯が何も出来ぬと知りながら。
「教えてください。これは……罪ですか?」
「悪党め」
三日月のように弧を描いたの目を睨み付けながら、鬼灯は忌々しげに呟いたのだった。
end
少なくとも姑獲鳥にとって、それは決して”悪”ではない。
しかし、別の誰かから見れば、それは邪悪になり得ると、
それを知っていながら問うのだからタチが悪いですね。