Text

天帝少女の地獄逝き・秘密の秘密03





 現世ですごく可愛いコを見つけた、と。
 どこぞのアホが、いつものように色ボケていた事など当に忘れてしまっていた。だからその鳥が、白澤の言っていた皇帝公主である事など鬼灯は知らなかったのだ。
 そもそも鬼灯がそれに出会ったのは、白澤が寸でのところで姑獲鳥に魂を横取りされ、すごすごと天界に帰った後の話である。それからおそらく数十年は経っていた。話をした当の白澤でさえ、が今どんな姿でいるかなど知らなかった事だろう。
 鬼灯が現世で起きた合戦へ、視察へ出向いた時の事だった。
 戦場には場違いな雅な格好の童女がいるので、鬼灯はおやと片眉を上げた。姿形は人の子のように見えるが、魂の形が歪だ。人間とあやかしを足して二で割ったような形の上に、生と死の両方を混ぜ合わせたような色合いをしている。
「貴方は人間ではありませんね。ここで何をしているのですか?」
 声をかけると童女はゆっくりと鬼灯の方を向いた。
 黒いぬばたまの瞳がぱちぱちと不思議そうに瞬いて、鬼灯を見つめている。
「あなたはだあれ?」
「閻魔大王の第一補佐官、鬼灯と申します。貴方は?」
だよ、鬼灯様」
 は名を告げるとにっこりと微笑んだ。
 可愛らしい笑顔だが、やはり血なまぐさい戦場にはそぐわない。
「では、さん。こんな所で何をしているのですか?」
 鬼灯の問いに、はんーと考える素振りをすると、やはり笑顔のまま答える。
「人間のね、殺し合いを見ているの」
 鬼灯はふと眉根をひそめる。
「ここにいるとね、いっぱい人が死ぬ所が見れるよ。あと魂もね。たくさん。ふわふわって空に浮かんできれいなの。鬼灯様も人が死ぬところを見に来たの?」
 無邪気な顔だが、その屈託のなさに鬼灯は不穏なものを感じた。どこか調子がずれている。それが不吉なこと、禍つことだと理解していない。
 いいえ、と鬼灯はかぶりを振る。
「私は視察です。この戦で大勢の人間が死ぬでしょうから、受け入れ態勢を整える準備をしているのです」
「ふーん、そうなんだ」
 大変だねえ、と分かったのか分かっていないのか曖昧な返答をは寄越すと、再び視線を合戦場へと向けた。残虐という意味を理解していないのか、あるいはそれがあやかしの性質なのか、は血飛沫が派手に上がるたびに、きゃっきゃっとはしゃぎ声を上げて喜んだ。
 あやかし相手に善悪を説くつもりはない。が、このような屈託なく喜んでいる姿は、いささか不気味である。
 やがて退却を知らせる法螺貝の音が鳴り響き、城を攻めていた一団が退却を始めた。あれ? と退き始めた兵団に、は不思議そうな顔をした。
「退却の合図です。日が沈み始めたので、一度拠点へ戻るのです」
「もうおしまい?」
 鬼灯が頷くと、はつまんない、とふくれっ面をした。
 そして、ふと自分の指先を眺めうふふと笑い声を上げる。
「ねえ、いま攻撃されたらあの人たちびっくりするかなぁ?」
 がにぃっと唇を歪めて嗤った。
 途端にの周囲の空気が、炎天下の陽炎のようにゆらゆらと揺れる。
「燃やしてみようか? 足の先と手の先から。どんどん燃え移って真っ黒になっていくの。きっと私の方がうまく殺せるよ?」
 子供に似つかわしくない邪悪な笑みを浮かべながら、が片手を掲げた。
 見開かれたぬばたまの瞳は色褪せ、禽獣のような凶暴な色に変じていく。
 がくすくすと笑みを零しながら掲げた手を振り下ろそうとした瞬間、鬼灯の大きな手が虚空でそれを掴み上げた。
「なに?」
 玩具を取り上げられたような不機嫌そうな顔をが向ける。金色の瞳は細められ、鬼灯を睥睨している。
 だが、鬼灯は動じず、の手を握り締めたままゆっくりとそれを下ろさせた。
「現世での殺人は大罪です。死後、地獄で責め苦を味わう事になりますよ」
 冷静な諭すような声音だが、握り締める力は強い。は痛みに顔をしかめたが、鬼灯に反抗してまで執着するつもりはないのか、人間へ向けた無邪気な殺意を収めた。
 だが、納得がいかないのか変なの、と呟いて唇をへの字に曲げる。
「狐は兎を殺すでしょ? 蛇も兎を丸呑みにして殺すよ。同じ生き物じゃなくても殺すのに、どうして私は殺しちゃ駄目なの?」
「貴方がそうするのは摂理に反します。そもそも食物連鎖と殺人は別物です」
 ふーん、とはやはり曖昧な返答を寄越し、しばらくしてから、せつりってなあに? と無邪気な顔で尋ねた。
 摂理の意味を説きながら、鬼灯はやはり目の前の少女の姿をした化け物に、不安定な危うさを感じていた。




end


姑獲鳥となり、あやかしに生まれかわったヒロインには、
すでに善悪の区別はないのでした。