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 詰まらない死に方をしたものですね。
 貴方ともあろう人が。
 こんな下らない。下らない連中に殺されるなんて。
 貴方はもっと悪行を重ねて、悪徳の限りを尽くして地獄に堕ちるのだと思っていました。
 正直がっかりです。
 私はずっと貴方をどうやって苛んでやろうかと楽しみに待っていたというのに……
 なんでこんな、詰まらない死に方をしたのですか。




天帝少女の地獄逝き・秘密の秘密02





 とても口が利ける状態ではない――――
 高天原より出張で現れたオモイカネは無数の触手をしゅるしゅると戻し、そのように診断を下した。
 ちぢに千切れた魂は、かろうじて人の形を保っているものの、とても正気の状態とは思えなかった。闇色の瞳は鬼灯を見ることはなく、虚空を漂っている。
さん」
 名を呼んでも、がそれに応える事はない。
 自分の名前も、鬼灯の事も分からないのだ。自分が死んだ事も、ここが地獄であることも理解していないのだろう。
 オモイカネの診断は淡々としている。
「死の際に受けた物理的・精神的苦痛が、彼女の許容量を超えてしまったのだろう。魂までばらばらにされている。そのショックが強すぎて死んだ後も復元できずにいるのだ」
 それにしてもここまで粉々に壊されるとは――――
 オモイカネは物珍しそうに、無数の目でを凝視した。
 こんなケースは数百年に一度あるかないかなのだと言う。生き物というのは最後まで自分を守るために、極力痛み苦しみから感覚を逸らそうとするのだそうだ。激痛を与えれば意識を失い、大量の血を失えばショックで死んでしまう。膨大すぎる痛みや苦しみから自分を守るために、早々にそれを知覚する感覚を遮断してしまうのだ。
 だが、はそれが出来なかった。
 ひとえに彼女が生死の狭間を飛ぶ姑獲鳥であるからだ。
 姑獲鳥は人からあやかしへ変ずる時に、半死状態に陥る。言葉通り、人間としての自分を殺し、鬼神としての自分を生むのだ。
 本来であれば、その瞬間にあの世の存在になってもおかしくないのだが、子供を攫う事を本分とする姑獲鳥は半死状態のまま現世に留まってしまう。霊体のような存在でありながら、肉体を持つ中途半端な存在。
 肉体があるのだから、当然それは滅びる。
 何百年もの寿命を持ちつつも、それは傷を受ければ損なわれ、痛みもあれば赤い血も流す。そう、殺せるのだ。
 彼女の持つ生の部分は、自然死だけでなく、他者によるあらゆる損傷を受ける。
 つまり、切られ、穿たれ、折られ、裂かれ、砕かれ、潰され、断たれれば――――そのように傷と痛みを受けるのだ。
 肉体だけでなく、魂も。
 こうしてばらばらに、復元できないほどに粉々に、壊せてしまえる。
「忘却処置であるな。通例であれば本人に選択を委ねるものだが、亡者が心神喪失状態にある際は、閻魔庁の官吏が代理するものとする。よって補佐官殿、後はよしなに」
 オモイカネはさらさらと処方に書き込むと、カルテと共に小さな小瓶を鬼灯に手渡し、一礼をして去っていった。
 薬臭い小瓶には透明な水が詰まっている。
 EU地獄に流れるレテの川の水だ。忘却の川とも呼ばれるこの川の水は、どんな事でも忘れさせる力を持っている。
 のように地獄の生活に支障を来たすと判断された亡者には、特例として服用が許されているのだ。救済処置というと聞こえは良いが、要は死後の罰をちゃんと受けさせるためにある。心神喪失状態では地獄に落としても罰を悔やむ事がない。故に支障を来たすトラウマは、レテの水で洗い流し自我を取り戻せる状態にするのだ。
 飲まない、という選択を取る事も出来るのだが、それはかなりのレアケースである。苦痛を抱えて罰を受ける覚悟でもなければ、大概は忘却処置を選ぶだろうし、意識がない場合は閻魔庁の官吏が選択を代理するため、そもそも飲ませなかったという前例がない。
 ここで私がこの水を飲ませなければどうなるのだろうか。
 鬼灯はの胡乱な顔を眺めながらふと思う。
 今回は鬼灯がその選択を一任されている。自分の心しだいでの魂をどうとでもすることが出来る。
 もし、自分がこの水を飲ませなければ、は永久にかろうじて形を保った、壊れた魂でいるのだろう。
 それは存在ではなく、現象だ。
 霞のようなものが、留まり続けるだけなのだ。
 もし、そうなったら――――まるで虹を眺めるように、自分はこの美しい鳥を永久に愛でる事が出来るのだろうか。
 三界を駆け、生と死を行き来し、本来であれば姿かたちを変え留まる事のない鳥を、永久に止まった時間の鳥かごに閉じ込める事が出来るのか。
 そんな事を鬼灯は夢想した。




end


ヒロインが死んだ時のお話。
時系列がどんどん飛びますが、最終的には戻ってくる…つもりです。
医者役はなんとなく日本の神話よりオモイカネさんに出ていただきました。
なんでオモイカネに触手があるかっていうと、
私の中のイメージがペルソナの脳みそちゃんなもので。