天帝少女の地獄逝き 皇帝公主04
白澤との出会いから四年が過ぎていた。
は十二歳になり、色白の少女へと変貌していた。
病弱を理由に相変わらず後宮に入り浸っているが、臣下の前に顔を出す時は顔に化粧を施し、眉を引いて精悍な少年を演じた。
の計画にある禅譲の相手は、の異母兄弟に当たる二つ下の弟に白羽の矢が立てられた。聡明で賢く、現宰相の孫でもあるため後ろ盾もしっかりしている。白澤が太鼓判を押したのだから、皇帝として申し分ない。
後は虚弱な体質を理由にして退位すればいい。その日に向けて準備はすでに整っている。
「君の計画通りだね」
いつもの後宮の一室で、もはや我が物顔で出入りするようになった白澤が、文机に向かうに声をかけた。
ここの所、は働きづめだ。自分が退位した後のために、仕事のすべてを書に書き残そうとしている。
僕が付いてるから安心すればいい、と軽口を叩いた白澤に、貴様など信用できるか、と手厳しい返答を寄越した。
「でも、無事に禅譲が成功しても、姑獲鳥が来なかったらどうするわけ?」
白澤の質問にはぴたりと筆を止めた。
それだけがの心配の種だ。毎晩、自らの手で衣を外に干しているのに、姑獲鳥は一向に現れない。
主に赤子を攫う魔物だから、のように育ってしまった子供は攫わないのだろうか。の胸の中で不安は日に日に大きくなっていく。
「白澤……」
開いた巻物をじっと見つめたまま、初めてが名を呼んだ。
「お前は薬学に精通しているのだったな? 決して毒と暴かれぬ毒薬はないものだろうか。まるで病死のように、自然と死ねる薬は……」
「……それでみんなを騙す?」
「もう十分すぎるほど皆を騙した。罰は地獄で受けよう。だから……頼む……」
そうして、振り返って泣き笑いのような顔をしたは、どこからどう見てもか細い、儚げな少女だった。
「僕は悪鬼や物の怪とは違う。人を呪ったり殺したりするのは趣味じゃないね」
白澤は冷たく言い放つ。
そうか、とが力なさげにうなだれた。
「でも……、綺麗な女の子を天界に連れ帰るのはいいかもしれない」
「え……?」
「最近、倭国で『源氏物語』とか言うある男のハーレム物語が流行っててさ、それ読んだら若紫とかいいな〜って思って。幼女を自分好みの美女に育てるとか、男のロマンだと思わない?」
の両目に涙が浮かんだ。
「お前……言ってる事は変質者そのものだ」
素直に感謝できずそんな事しか言えなかったが、はありがとうと告げる変わりに白澤の胸に抱きついた。
突然の抱擁に、白澤は柄にもなくどきどきと胸を高鳴らせる。
子供だとばかり思っていたが、いつの間にか背も伸び、髪も長くなっていた。声も高くなり、身体も丸みを帯び、羽化し掛けの蝶を目にしたような恍惚を白澤は覚える。
天界に連れて行ったらまず言葉遣いを直させよう。
性格はべつに今のままでもいい。少しくらい勝気な方が、恥ずかしがる時の顔が可愛い。
自分の持つ薬の知識を教え、一緒に漢方薬局でも開こうか。従業員には月の兎を集めて、桃源郷で甘いハネムーンを五百年ほど過ごすのも悪くない。
そんな桃色いっぱいの妄想を白澤が繰り広げていると、ふいに外から騒音が響き渡った。
「陛下! 義弟君が! 陛下!」
騒がしく扉を叩く音に、ははっと顔を上げ、慌てて扉へと駆け寄った。
「なんだ!? 何事だ!? 禅譲の儀は目前なのだぞ!?」
「そ、それが……ああ、どういたしましょう。まさか皇太后様が……ああ……」
気が動転しているのか、扉越しではまったく話が成り立たない。
は迷いながらも焦りに満ちた顔で、扉の鍵を開けた。
白澤が危機を察した時にはすでに遅く、開いた扉の隙間から鋭利な刃がの胸を貫いていた。
end
『源氏物語』とか白澤好みだと思う。
あ、でも、正妻は作ったりしないのかな。
次回、いよいよクライマックスです。