天帝少女の地獄逝き 皇帝公主03
「こうする他なかったのだ。私と兄上は現皇太后の子ではない。もし兄上が亡くなったと知れば、あの女は古の呂后のように権力を振りかざし専権を行うだろう」
「……」
「母上もあの女の謀略により身罷られた。兄上の件も……おそらくあの女の差し金だろう。その上、私まで倒れればこの国はどうなる? 臣は? 民は?」
「……」
「兄上は幼少のみぎりより、この国を統べる者として政に励んでおられた。ならば私が兄上の志を継がずにどうする。子供のくせに後宮に入り浸る暗愚と罵られようと、私はこの秘密を守り通さねばならない」
「……」
「それが私の使命なのだ。わかってくれるな、あやかしの王よ」
「……いや、全然わかんないんだけど」
延々と続くの独り語りに白澤が口を挟めたのは、が涙を拭いつつ白澤を宝刀で刺し殺そうとする一歩手前だった。
白澤の身体は寝台のシーツを裂いた布でがんじがらめに縛られている。両手両足を縛られ地面に転がされた白澤を、宝刀を手にしたが見下ろすという格好だ。
幼女と緊縛プレイ――――と、言葉だけを選べばかなり背徳的な状況だが、実際に緊縛されているのは自分で、件の幼女は刃物を片手に自分を見下ろしていたりと、その説明を加えるだけで状況は猟奇的なものへと変化する。
「なぜ分からない!? 貴様、それでも神獣か!」
「いやいやいや、落ち着いて!」
門前払いされそうになった挙句、今は拘束されて口封じされようとしている。流石の黄帝だって殺そうとしなかったよ、と白澤は昔のトラウマを思い出した。
「それに僕、死なないからね! 神獣を殺せるはずないじゃん!」
「なんと! それは真か。困った……では生き埋めにすれば良いのか? それとも重石をつけて、揚子江に沈めるか……?」
子供のくせに、いや皇帝のくせに、物騒な思考の持ち主である。
ぶつぶつと白澤の口封じを思案しているに、呆れ顔の白澤があのさぁと声をかけた。
「こんな事しなくても僕話したりしないから」
「……本当か?」
「本当、本当。僕にとって何の得にもならないでしょ?」
はしばし腕を組んで考えると、
「それもそうだな」
と、あっさりと白澤を開放した。
賢いのか馬鹿なのか、いまいち分からない子供だ。
実際、政を皇帝に代わり仕切っているのだから、単純に神童と呼ぶに相応しい才覚の持ち主だろう。だが、思考が飛び抜けすぎて空回り気味だ。
白澤はぽんぽんと膝の辺りを掃うと、もう帰るよ、と疲れた足取りで扉へ向かった。
「おお、達者でな」
と、やはり調子はずれな言葉が返ってくる。
事情は分かったが、どうにも変な子供だ。そもそも国の頂点の者は、昔からどこか変わり者が多かったが、彼女も類を見ない変わり者だ。
栄光は授けるがもうここに来るのはよそう、と白澤が密かに心に決めた時、ふと窓の外に夜風にはためく衣が見えた。
桃色の薄絹で、大きさからしての物だろう。
少女の姿を許されないがそんな衣を持っているのも不思議だし、こんな夜に外に出しっぱなしにしているのも奇妙だ。
「ああ。あれはあのままでいいのだ」
白澤の視線に気づいたのか、が告げた。どことなく大人びた顔で、目を細めて窓の外を眺めている。
「あれはまじないだ」
はそう言うが、夜に干された衣の意味を知る白澤にとって、それは呪いである。しかも、自身に降りかかる呪い。
どうして。
無言の問いかけに、は無表情で応える。
「待っている。姑獲鳥が迎えに来るのを……待っているのだ」
鏡の中のの言葉に、鬼灯は眉根をしかめた。
幼いは夜に干された衣の意味を理解している。姑獲鳥は攫う女児を見つけると、その衣に自分の血をつけて印とする。はそれを待っているのだ。
だが、皇帝を演じる彼女が何故そんな事をするのか理解できない。
白澤は追い返し、なぜ姑獲鳥は迎えるのか。
「いい加減おきてください、白澤さん」
と、地面で伸びている白澤にローキックをかますと、ぐふっとかごふっとか呻きながら白澤が目を覚ました。
「ああ、それはさ……ちゃんが言うには、『私は何者にも殺されてはいけないのだ』って事らしいよ」
「何者にも?」
「つまり、ちゃんの治世は、薄氷の上に成り立っているようなものなんだよね。先々帝だったちゃんのお父さんが、しっかりした国の基盤を作ってたから一見平和に見えるけど、宮廷の中は先々帝の死から皇帝派と皇太后派に分かれたってわけ。ここでちゃんが暗殺でもされたら、皇太后派に宮廷は乗っ取られちゃう」
だが、が何年も兄の身代わりをするわけにはいかなかった。
兄の死によりと彼が入れ替われたのは、二人が双子で、まだ幼かったからだ。今はまだ男だと誤魔化す事が出来る。だが、これから成長し、が女らしく成長したら、やがて疑念はの上に集まる。
もしその時、皆をたばかっていた事が知れれば、いかに皇女であろうとどんな咎を受けるかはわからない。
タイムリミットは少なくともあと五年。
その間には禅譲により、次の皇帝に位を渡さなければならなかったのだ。
「しかも、禅譲の大前提は平和的に行われること。自分が誰にも殺されちゃいけない事が必須課題だ。もしちゃんが殺されれば、宮中はたちまち陰謀渦巻くこの世の地獄に。決して皇太后派が優勢だと思わせちゃいけないんだ」
しかし、がずっと宮中にいるわけにもいかなかった。
政から退いたとは言え、時に臣下の前に姿を現さなければならなくなった時、成長した女性の姿を誤魔化す事が出来なくなる。
誰の陰謀でもなく、消えなければならなかった。そのためにはあやかしを自ら招いたのだ。
「なるほど。理屈はわかりましたが、賢くはありませんね」
鬼灯はぽつりと感想を漏らすと、鏡のほうへと視線を向けた。白澤は同意しなかったが、鬼灯の言葉を否定する事もなかった。
end
ようやく姑獲鳥と繋がりました。
兄の身代わりをしながら、
人知れず消える事を願う少女の心中とは……?
次回に続きます。