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天帝少女の地獄逝き 皇帝公主02




 白澤の落胆は二つあった。
 一つは歓迎されるどころか、刺客と勘違いされ刃物を向けられたこと。その傷が元で白澤が真の神獣である事を信じてもらえたが、こんな扱いを受けたのは黄帝以来である。
 そしてもう一つは――――
「それで。あやかしの王が何の用だ」
 見下すような冷たい視線。
 まったく歓迎されていないと言う現状である。
「あのさあ。僕、白澤なんだけど……」
「それはもう聞いた」
「もっと喜んだりしないの?」
「喜ぶ? 何をだ」
「ほら、栄光が約束されたようなものなんだし」
「下らぬ。栄光などびた一文にも米一粒にもなるまい」
「直接はそうかもしれないけど、間接的にさあ」
「くどい。私は忙しい。用が済んだら帰れ」
 この調子である。
 日本だったら塩でも撒かれていたのだろうか。はるばる桃源郷から現世へ降って来たというのに散々だ。
「忙しいねぇ……」
 白澤は疲れた表情で皇帝を見やった。黄を貴重とした豪奢な衣、龍の刺繍はまさしく国を束ねる者の衣裳に相応しい。
 が、
「後宮で忙しいって、大人ならともかく子供じゃねぇ」
 袖がぶかぶかの龍袍(ロンパオ)を着込んだ皇帝は、齢八つばかりの子供だったのだ。
 期待外れを通り越し、自分の目も衰えたものだと白澤は悲しくなった。先ほどの無礼も子供の無邪気さなら許す気にもなるが、この子供は無知とはかけ離れている。幼児らしからぬ知識を小さな頭に詰め込んで、分かった上で白澤を拒絶したのだ。
 まだ好色な英雄の方が好感も抱いただろう。だが、頭でっかちの生意気な子供など、いくら徳が高く善政を敷いていても応援する気になれない。
「あーあ、わかったよ。もう帰るよ」
 がっくりと肩を落としてきびすを返そうとした瞬間、白澤はふと違和感に気づいた。迷惑そうに顔をしかめれるのも気にせず、皇帝の顔をじっと見据える。
 頭の先からつま先まで。身体中の目を総動員して睨むように見つめると、徐に皇帝の胸をまさぐったのだった。
「きゃあああっ!!」
 皇帝は甲高い悲鳴を上げて飛び退いた。
 真っ赤な顔をして睨み据えるその顔を見て、確信する。
「もしかして君……女の子?」
 これがと白澤の出会いである。





「このロリコン野朗!!」
 容赦なく金棒で白澤の顔を殴り飛ばし、続けざまに鬼灯は顔を覆う白澤の腹辺りを蹴り飛ばした。流石の白澤もいき絶え絶えになりながら、
「いや……女か男か確かめるために……まず乳を……」
「揉むな!」
 やはり物理的な盛大な突っ込みを受け、白澤は毛虫のように身体を折り曲げた。
 そもそも第二成長期に達していない女子の身体など、触れたところで判断がつくのか怪しい。単純にもし女の子なら儲けものという思考で、胸を触ったに違いない。白澤に深い考えなどないだろうが、それが幼い頃のだと思うと腹が立ってならなかった。
「い、いや、でもさぁ……経験者だから言うけど……ちゃん、本当にいい乳に育っ」
「黙れ」
 もう一度、白澤を蹴り飛ばし、鬼灯はため息を吐いた後、鏡の中のを見やった。
 幼い。しかも、まだ人間だ。
 姑獲鳥になる前は普通の人間で、位の高い貴人の娘だとは知っていたが、まさか皇帝の血筋だとは把握していなかった。
 しかも、この服装は皇帝そのものである。
 宦官や後宮の貴妃たちが必死に止めようとしたこと、後宮にこもりっぱなしということも、理由はここにあるのだろう。
 この時代の中国王朝は女性の皇帝を認めていない。つまり、が女児である事は、決して口外されてはいけないトップシークレットなのである。
 いくら相手が神獣であろうと、長く言葉を交わす事を忌避したのは、白澤に正体を見破られる事を恐れたからかもしれない。
 もっとも変態的な嗅覚で、こうしてバレてしまったわけだが――――
「それで? さんがこんな事をしている理由はなんなのです。いい加減おきろ、ロリコン」
 自分で卒倒させておきつつ、鬼灯はがくがくと白澤を揺さぶった。
「う……み、身代わり……」
「あァ? もっと詳しく話しなさい」
「双子の……兄が急死して……」
「分かりました」
 ぱっと揺さぶっていた手を離すと、白澤の身体はそのまま後ろに倒れしたたかに後頭部を強打した。
 泡を吹いて倒れている白澤を無視し、鬼灯は鏡の中の映像に見入る。
 表情も口調も固い幼い姿のは、人間らしく生きているようには見えなかった。




end


ヒロインが皇族だった云々よりも、乳の方が大切な地獄のムッツリ。
次回、姑獲鳥と皇帝。