とは、鬼灯の談。
かちかち山の狸のように背中に火を背負い、ごろごろと床を転がる白澤へ投げかけられたものだった。
話はしばし遡る――――
天帝少女の地獄逝き09
「あの野朗、やはりケダモノ以外の何者でもありませんね」
最大の武器である五寸釘を手放させられ未曾有のピンチに陥ったを、物陰から見つめる人影があった。鬼灯である。やはりを一人で白澤の元へ行かせるのは心配で、こっそり後をつけてきたのだ。
は気づかなかったようだが、実はが『極楽満月』に入ってすぐ、何気ない素振りで白澤は店の看板をひっくり返した。閉店の看板を吊るす事で、外からの余計な訪問者を遮断したのだ。
さらに店番をしていた桃太郎に用事を言いつけ、裏口から外へ出すことも忘れなかった。機密性のある話をしなくちゃいけないからさ、と訝る桃太郎を一方的に追い出し、には奥に桃太郎がいるという安心感を持たせておく。姑息だ。
「やはり一度、虚勢手術でも受けさせましょう」
と、鬼灯が金棒に手をかけ、どすどすと足を慣らして漢方薬局へと向かったその時――――異変は起こった。
両手をがっしりと白澤に拘束され、唇が触れ合いそうな距離に迫ってくる白澤を前に、の理性は限界に達したのだ。
ブチン、と。の脳裏で何かが切れる音がする。
瞬間、轟くような低い音と共にの周囲に、青い炎が現れた。轟々と燃え盛る燐の炎は虚空に、の身体に、そして腕へと燃え広がる。
「うわっちぃっ!」
白衣の袖に燃え広がり白澤は慌てて両手を引いたが、どんなに叩いても炎は消えなかった。
「みっ、水、水、水!」
白澤はあわてて手近にあった茶碗の茶を袖口に振りかけたが、ふりかけた瞬間、それはジュウッと音を立てて蒸発してしまった。大海さえも干上がらせてしまうのではないかと思われる業火に、白澤はただ目を白黒させて驚くばかりだ。
「……燃えろ」
その時、ずっと俯いていたがぽつりと何かを呟いた。
「え? ちゃ、」
白澤が声をかけた瞬間、はばっと顔を上げると、ギラギラと輝く猛禽類のよう双眸を白澤に向けていた。
瞳孔が開いている。
完全に――――理性が飛んでいる。
が手を掲げると、それは羽毛に包まれた広い翼へと変化した。それをまるで断罪の合図のようにばっと横に振ると、
「骨の髄まで燃え尽きろ!!」
瞬時に青い炎が白澤の身体を包み込み、爆発するように燃え広がったのだった。
「私が助けなければ店は全焼していましたよ。せいぜい感謝しなさい」
未だブスブスと燻っている白澤を見下ろしながら、鬼灯が言い放った。
全焼は免れたといえども、半焼には違いない。屋根の崩れ落ちた薬局を前に、がごめんなさい、ごめんなさい、と何度も地面に転がった白澤に頭を下げている。
「いいんですよ、どうせ自業自得です。それより、これでようやく克服ですね」
「え?」
「男性恐怖症」
「これで……?」
想像していた克服とは違いは戸惑った表情を見せたが、いいのですよ、と鬼灯が返した。
「そもそも、ハラスメントに対して貴方が理不尽に耐える必要などないのです。これからこういう馬鹿は、どんどん仕置きしてやりなさい。そうすれば今まで感じていたストレスも解消されて、自然と男性に畏怖を感じなくなるでしょう」
そういうものなのだろうか……
あまりピンと来なかったが、鬼灯が言うならそうなのかもしれない。
「レベルアップですね」
ぽんぽん、とまるで子供にそうするように、の頭を撫でた鬼灯に、は一瞬驚いた顔を見せ、それから
「はい!」
と、満面の笑顔の返したのだった。
数百年にわたるの男性恐怖症も大きな進歩を果たし、これでめでたしめでたし――――と、なるはずなのだが。
「オイ。僕はあんまり納得してないぞ」
と、地面にうつ伏せに倒れたまま、顔だけを上げた白澤が鬼灯を非難した。
そんな異議申し立ては端から聞かぬというように、鬼灯は鼻を鳴らして白澤に蔑みの目を向ける。
「貴方に発言権はありませんよ、白澤さん」
「いいや、あるね! 百歩譲ってちゃんにウェルダンにされるのはいいとして、店を燃やすのはやりすぎだ! あと、お前がいいとこ取りしていくのも気に喰わない!」
確かに白澤のセクハラに対して、この罰が妥当なのかと聞かれると怪しい所ではある。きっとこれが閻魔の法廷であるなら、原告もいい雰囲気になっていたので合意の上です、と主張される所だろう。
だが、鬼灯は再び白澤の言葉をはっと鼻で笑うと、
「地獄の鬼神に向かって何を生ぬるい事を言ってるんですか」
と、蔑みの視線に呆れたような色を混ぜた。
「姑獲鳥が鬼神の類である事など承知の上でしょう。だいたい貴方、さんに焼肉にされてちょっと気持ちよかったんだから、結果オーライじゃないですか」
「オーライじゃねぇっ! っていうか、僕をドMの変態に仕立て上げるなっ!!」
「違いましたが、白豚さん。てっきりそういう嗜好の持ち主だと……」
「違うっ! どうせお仕置きされるなら、女王様コスチュームのちゃんにしばいてもらいたい! そしたらムチでもローソクでも大歓迎ですむしろお願いします!」
興奮しながら荒い息を上げつつ、白澤が真に迫った表情での足首を掴んだ。
自分の足に纏わり付くハアハアと吐き出される熱い吐息に、の正気度はぐんぐんと喪失し、
「きゃあああああああ!」
再び綺麗なキャンプファイヤーが桃源郷で繰り広げられるのだった。
end
白澤様を変態にしてごめんなさい!
でも、書いてて楽しかったです(笑)
ヒロインの男性恐怖症が少し治ったところで、
ひとまず第一部完という形にしたいと思います。
次章からはヒロインと白澤の過去偏を書くつもりです。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました!