天帝少女の地獄逝き08
「この後、用事は? ちなみに僕は今晩暇です」
「い、忙しいですっ! 仕事てんこ盛りです!」
「えー、つれないなァ。 あ、じゃあ、ハーブティーでも飲んでく? すぐ準備できるし身体にいいよー」
「いっ、いえ、すぐに戻らないと鬼灯様が、」
「いーの、いーの。あんなのいくらでも待たせておけば」
じゃあ、ちょっと待っててね。すぐ出来るからー、と白澤はの言葉を無視して、店の奥へと入っていった。白澤に座るように言われた椅子の上で、はふうっと深いため息をつく。
やはり白澤はどこか苦手だ。悪い人ではないのだろうが、次の行動が読めない上にどんなに拒絶しても、こちらの意向を飛び越え迫り寄ってくる。
今までが出会った男性たちは、が拒絶するとたいていは怒るか、冷たくなるものだった。相手に悪気はないのに、こちらが一方的に拒絶するのだからそうなるのは仕方がないと思う。だが白澤のように、拒絶されても尚こんなにもアグレッシブに向かってくる男性を、他に知らない。
否――――あの男以来だ。松島の浜辺でを押し倒したあの男。
あの裁判から再会する事はなかったが、法廷で出会った男は未だの事を忘れられないような顔をしていた。あんな目に遭ったにも関わらず、あの世でまで拘泥するなんて、には理解できない。
「どうしてあんな事したんだろう……。普通に出会ってたら、もしかしたら……」
「仕方ないよね、本当に男は馬鹿で」
突如、声をかけられはハッと顔を上げた。
白澤がカウンター越しに湯気の昇り経つ茶碗を、の前に置く。
「脳みそが下半身と直結してるっていうかさ。きっと君が綺麗だから舞い上がっちゃったんだ。だから行き成りあんなコト、しちゃったんだと思うよ」
「あ、あの……」
「馬鹿だよねえ。本当はもっと色んなコト話したりして、君の事を知りたいのに、声を掛けた瞬間どっかに行っちゃいそうで、あんな方法でしか繋ぎ止める方法が思いつかなかったんだよ」
あの男の事を語っているのか、自分の事を語っているのか。
男は馬鹿だね、と白澤は繰り返す。
「ごめんね。怖がらせるつもりはなかったんだけど、君にまた会えて舞い上がっちゃってさ」
「また……?」
確か白澤とは初対面のはずだったが、まるで以前であったことがあるような口ぶりに、は小首を傾げる。
「前は突然お別れだったから、逃したらまた居なくなっちゃう気がしたんだ」
「あの……誰かと勘違いをされているのでは……?」
に白澤と出会った記憶はない。
ナンパの常套文句だろうかとが訝っていると、白澤は話を切るように首を振り、なんでもないよ、と付け加えた。
それより、と別の話しへ話題を移す。
「アイツも大胆なことするねー。毛嫌いしてる僕のところに君を寄越すなんて」
「え?」
「荒療治のつもりなのかな? まあ、僕が大丈夫なら、大概の男は平気になるかもしれないけど」
「あ……」
どうやら鬼灯の企みは、とっくのとうに見抜かれていたようだ。勝手に巻き込むような事をしては恐縮したが、いいよ、いいよと白澤は朗らかに笑う。
「僕もちゃんともっと仲良くなりたいしさ。でも、僕から押しかけると君を怖がらせちゃう。だからある意味、渡りに船だよ」
「白澤様……」
白澤はにっこりと微笑むと、の前に片手を伸ばした。
「改めて。中国神獣の白澤です。良かったら同郷のよしみで、これからも仲良くしてよ」
戸惑いながらも、はおずおずと自分の手を伸ばした。白澤の手の先の方を軽く握り、同じように名乗る。
「姑獲鳥のです。こちらこそ……よろしくお願いします」
そうして、まるで何かの約束をするように握手を交わすと、自然との中から白澤への苦手意識が消えていった。不意打ちのように押し倒されたせいで、白澤のことを得体のしれない宇宙人のように思っていたのかもしれない。
お互いちゃんと話をすれば、分かり合えるんだ――――
が嬉しげに微笑んで、手を引っ込めようとした瞬間、
「? ……白澤様?」
「なあに?」
「なあにって、あの、手……」
がっちりとの手を掴んで離さない白澤に、の胸の中で悪い予感が黒雲のように立ち込める。
いくら白澤でも舌の根が乾かぬうちにそんな事はしないだろうと思いつつ、二度あることは三度あるという諺の方がこの状況にしっくり来てしまった。
何かしてきたらブスッと刺しておしまいなさい――――
戸惑うを応援するように、脳裏に鬼灯の声が響いた。
今です! やるのです! その阿呆に地獄の鬼神の力を見せてやりなさい――――!
は意を決すると、服の下に忍ばせた五寸釘を手に取り、自由な方の手でそれを勢い良く振りかざした。狙うのは白澤の額。第三の目がある辺りだ。
「すみません、白澤様っ!」
そう叫んで思い切り振り下ろしただったが、いつまで経っても皮膚を突き刺した感触は訪れなかった。
甲高い金属音を鳴らし、の手から零れ落ちた五寸釘が床の上に跳ねる。の手は白澤のもう一方の手に易々とつかまれ、最大の武器まで払い落とされていたのだった。
「鬼灯も手ぬるいねー。荒療治っていうなら、先の先まで教えてあげないと」
「え……あの、えっ……?」
白澤はにっこりと微笑むと、心配しないで、との耳元で囁いた。
そのまま食むように軽くの耳朶を甘噛みし、
「せっかくやるならトコトンやらなきゃね。僕と一緒にイロイロ勉強しようか?」
と、誘うような妖艶な笑みを浮かべたのだった。
end
イロイロはイロイロです。はい。
次回、「天帝少女の地獄逝き」最終話。