天帝少女の地獄逝き07
「変態色魔が襲って来たらこれで目玉を潰しなさい」
と、平然とした表情のまま、鬼灯が差し出したのは鈍色に光る裸の五寸釘だった。
「まずは目潰し。私直々に呪詛を施してありますので、見た目以上には効きますよ」
ここを狙うのですよ、ここを、と念を押すように自分の額の辺りを指差す。
「それでも怯まないようでしたら、鳩尾の辺りを狙いなさい。股間を蹴り上げるのも有効です」
「あ、あの、鬼灯様……?」
淡々と護身術を語る鬼灯に、は気まずそうな顔で声をかけた。
なんですか、と鬼灯の三角眼が向けられる。
「やっぱり一人で行かないと……駄目ですか?」
不安げな顔でそっと鬼灯を見上げるの顔は、まるで始めてお遣いに出る子供のような顔だ。鬼灯とて、出来る事なら一人でいかせたくなどない。あの馬鹿には前科があるし、にもしもの事があれば自分を抑えきれるか分からないからだ。
だが――――
ふうっとため息を一つ、鬼灯は子供に言い聞かせるような声音で語りかける。
「いいですか。閻魔庁に勤めるからには、様々な方と仕事でお付き合いしなければなりません。男女雇用機会均等法が施行された後も高官のほとんどが男性である事が今の実情。いつまでも男性に恐怖を感じていては仕事にならないのです」
正論である。
の男性恐怖症は生前より数え実に数百年、何の進歩もないままただ逃げ惑ってここまで来てしまったのだ。それが原因で職を転々とした経歴もあり、生活に支障を来たしている以上いつまでも放置できるものではない。
それに多少慣れて来たとはいえ、は鬼灯の事さえ未だ恐れているのだ。信頼を寄せられていても、無意識のうちに鬼灯を避ける癖がある。理性では理解していても、やはりチクリと心が痛むのだ。
「でも……いきなりあの方は……。刺激が強すぎるというか……」
「荒療治です」
ぐっと真顔のまま拳を掲げる鬼灯に、は不安げな視線を寄越した。
言いたい事は分かる。先日、押し倒されて以来、は白澤が大の苦手なのだ。そりゃあ出会った瞬間、貞操の危機が訪れたのだから死んだ時以来のド級のトラウマだろう。
だが、の気持ちに反して、あちらはえらくが気に入ったのか、たびたび閻魔殿に出入りしてはにちょっかいを出そうとするのだ。先日も職場に押しかけ桃源郷に連れ出したらしく、白澤を恐れ最近のは休みがちになっている。これは大変よろしくない。
あのアホを出禁に出来ればまだ話は楽なのだが、一応天国の重鎮でもあるため、鬼灯の一存で決められるものでもない。それに、仮に執務室への出入りを禁じたとしても、今度は出先に現れるだけなのだ。根本的な解決にはならないだろう。
ならばと鬼灯が取った選択肢は、この一見非道にも見える荒療治なのである。
「でも、あの、何かあったら……」
「だからいざという時のための武器なのです。幸いあっちは殺しても死なない神獣です。遠慮はいりません。何かしてきたらブスッと刺しておしまいなさい」
きっぱりと言い切った鬼灯の言葉に、はますます不安を募らせるのだが、そんな事など気にも留めずさあさあと鬼灯がを扉の外へと追い立てる。
「あ、あのっ、鬼灯様」
「就業時間が終わるまでに戻ってきてください。もし、出来なかったら……」
「わっ、わかりましたっ!」
一瞬、物凄い黒いオーラを立ち上らせた鬼灯に、はひっと短い悲鳴をあげるとトボトボと桃源郷へと向かった。
その背中が見えなくなる頃、さてと……、と鬼灯も出かける仕度を始める。
ああは言ったものの、さすがに鬼灯も心配なのだ。せっかく数百年ぶりに入った骨のある新人を、あんな軽薄薬剤師のせいで潰されてはかなわない。
「私の夢のためにも……白澤さんには痛い目にあってもらわないとですね」
ぽつりと呟くと、鬼灯はキャスケット帽に金棒という奇妙な井出たちで、こっそりとの後を追ったのだった。
end
次回、突撃! 隣りの桃源郷!