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 腰に両手をあて、返してらっしゃい、と母親のような口調で言い放った鬼灯を、はぶんぶんと首を振って拒んだ。
「ちゃんと世話します! エサ代も私のお給料から出しますから!」
「駄目です」
 びしりと言い放ち、鬼灯はの腕の中からその白い毛玉をむんずと掴み上げる。
 あぁっとは声を上げ縋りつくように両腕を伸ばしたが、鬼灯はそれを適当にあしらうと、その白い毛玉を地面の上に立たせた。
 クゥンと困ったような顔で、それが鬼灯との顔を交互に見やる。
 そんな中、鬼灯はいいですか、と床にぺたりと両膝をついたの肩に手を当てると、
「不喜処の従業員を勝手に飼ってはいけません」



天帝少女の地獄逝き05





「あああああ……、ワンちゃん。飼いたかったのに……ワンちゃん……」
 閻魔庁のいつもの執務室で、はしくしくと泣きながら筆を走らせていた。
 大切な書類が涙で湿っぽくなるのは困りものだが、泣きながらもテキパキと仕事をこなすのは流石と言える。立派な補佐官となるべくみっちりしごいた甲斐がありました、と鬼灯は胸中でガッツポーズを作る。
 一方、は未だ不喜処の白犬――――シロに未練があるのか、めそめそと泣いているのだった。
 実はが不喜処の動物を勝手に連れて来てしまったのは、今回が初めてではない。
 子供が駄目ならせめて可愛い動物が欲しい、と歪んだ愛情で攫ってきてしまったのは、単純に姑獲鳥の性質ばかりとは言い切れないだろう。
「なぜ、シロさんを攫って来たりしたのです。シロさんだって一応、雄なんですよ」
 若干怒った口調で尋ねた鬼灯に、はしゅんと肩を落としてごめんなさい、と呟いた。
 実際、鬼灯が気に喰わないのはが不喜処の従業員を勝手に連れ帰って来た事などではなく、男性恐怖症であるくせに動物は例外とばかりにシロと戯れていたからなのだが、当然はその理由に気づく事はなかった。
 なんとなく鬼灯の不機嫌な理由を感じ取り、まあまあと閻魔大王が仲裁に入ったが、逆に鬼灯の冷たい視線を閻魔自身が一身に受ける事になってしまった。
 ジジイはひっこんでろ、とさも言いたげな視線に、大王である閻魔でさえ口を噤む。
 と、二人がそんな無音の攻防を勝手に繰り広げていると、が寂しかったから……と小さな声で答えた。
「私……姑獲鳥だから、やっぱり子供とか、欲しいんです。でも、赤ちゃんは産めないから、せめてワンちゃんでも居てくれれば、気が紛れると思って……」
 でも、迷惑かけてしまって、ごめんなさい。
 悲しげな顔でぺこりと頭を下げたに、さすがの鬼灯も追い討ちをかける事が出来なかった。
 むしろ、弱っている今が好機とばかりに、の細い肩に手を置くと、
「私がいるじゃないですか。今ならもれなく金魚草も付いてきますし」
「でも……抱っこしたり、撫でたり、そういうモフモフほわほわした可愛いのがいいんです!」
 鬼灯のさりげない告白を完全に無自覚でスルーし、は如何に動物――――特に生後半年以内の子供――――が可愛いく愛らしいかを力説した。
 動物好きの鬼灯にとって共感出来る感覚ではあるが、の鈍感さにちっと舌打ちし、はいはいと聞き流す。当然、傍らにいる閻魔大王に八つ当たりする事も忘れていない。
「そんなに好きなら、なぜ結婚なさらないのです」
 苛立ちつつ毒を含んで尋ねると、は困ったような顔で口篭ってしまった。
 答えなどとうに知れている。
 が男性恐怖症だからだ。子供は好きだが男は苦手というジレンマのために、は自分の子を産めずにいる。夫婦になるどころか、恋人を作る事すら難しいのだ。
「わ、私だって分かってるんですよ? 自分の子供が産まれたら、きっと他の子を攫ったりしなくて済むんだって。でも、子供を産むってつまり男性と……そういう事ですし……おぞましくってとても考えられません!」
 ぎゅっと手を強く握り締めて決意を露わにする。どうやら先日、男嫌いが少し治ったように見えたのも、無自覚だったからに違いない。
 これではと共に地獄一の大家族を築くなど、夢のまた夢である。
 鬼灯君も難儀だねぇ、と鬼灯を気遣った閻魔大王だったが、煩いですよと苛立った鬼灯に一蹴された。つくづく報われない上司である。
「しかし、いくら男性が苦手とはいえ、昔からそうだったわけではないのでしょう?」
「え、ええ。あの松原の一件から」
 なら問題ありません、と鬼灯はぱしりと自分の膝を叩いた。
 すっとに手を伸ばす。無自覚だった時とは異なり、はそれを恐れて仰け反ったが、そうは問屋がおろさぬとばかりに鬼灯はの腕を強引に掴むと、ぎゅっとその身体を抱きしめた。
 ぎゃあっと色気のない悲鳴をが上げる。
「ほ、鬼灯様、はな、離して、離してくださいっ!!」
 混乱しばたばたと両手でもがくだったが、鬼灯はの抵抗を封じるようにさらに強くその身体を抱きしめた。閻魔大王が部下の奇行に面食らっている中、当の鬼灯は我慢してください、と冷静な声で告げる。
「貴方このまま、一生男嫌いでいいのですか?」
「だ、だ、だだだだ、だって!」
「だってもさっても有りません。閻魔大王の第二補佐官になったからには世間体も大切なのです。寂しさを紛らわせるために、子供や動物を自由に攫える身分ではないのですよ? ならば、さっさと男性嫌いを克服し、幸せ家族計画を実行に移すのが貴方のためでもあるのです」
「で、で、でも、私……」
「言い訳は結構。これは上司としての命令です。男嫌いを治してください。貴方の男嫌いを治すために、私が直々にお手伝いしましょう」
 だから耐えるのです、とぐっとの細腰を抱く鬼灯は、どうみても舌先三寸でを騙しているようにしか見えないのだが、それを咎める事はいかに地獄の閻魔大王でも出来なかった。
 きっと咎めたところで嘘も方便です、と詫びいれなく言うのだろう。が男嫌いを治せば、夢の寿退社、そして地獄一の大家族が叶うのですからいいではないですか、と。
 その夢に自分の夢が大いに便乗している事など、さしたる問題ではないと、この優秀な補佐官は口にするのだろう。
 本人たちが最終的に幸せなのなら、それはそれで構わないのかもしれないが――――
「ねぇ、君の上司ってワシだよね?」
 ついに上司の座まで奪われた閻魔大王は、奇妙な形で抱き合う二人を前に、小さな声で素朴な疑問を口にするのだった。








end


これセクハラじゃないの!?
ときっと閻魔大王はハラハラしてるんでしょうね。