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 姑獲鳥が羽毛を脱ぐと人間の少女の姿になり、その状態は天帝少女と呼ばれる。
 にとって鳥の姿の方が常態に近いのだが、仕事の邪魔になるため普段は天帝少女の姿である事が多い。
 鬼の象徴である角もなく、禍々しい爪やくちばしがあるわけではないので、初めてに出会う人々はが人型のあやかしか、あるいは天国の住人であるのではないかと錯覚したりする。
 当然、低級とは言え鬼神の一人であるのだし、正体は醜い怪鳥なのだからそう思われるのはにとっては不本意なのだが、その姿を前にすればそう勘違いされても仕方がない。
 そんなわけで勝手に勘違いをした男が今日も一人。
 だが、その男はが正体を明かした後でさえ、変わらぬ態度で迫って来たのだった。



天帝少女の地獄逝き04





「だ、だから、私は姑獲鳥なんですって!」
 鬼灯の遣いでやって来たとある桃源郷の小さな庵にて、は大ピンチを迎えていた。
 白澤と名乗った庵の主が、の来意を伝えた瞬間、にこにこと微笑みながら迫って来たのである。
 独身? 彼氏いる? 僕とかどう? と矢継ぎ早にへの興味を口にしながら、じりじりとを壁際に追い詰めたのだった。
「あ、あの、だからですね! これは仮の姿で、私の正体は姑獲鳥なんですって!」
 正体を明かせば白澤も諦めるだろうと考えただったが、白澤は諦めるどころか、そうなんだ! と嬉しそうに手を叩いて見せた。
「僕も大陸出身だよ〜。じゃあ、同郷のよしみでここはひとつ仲良く」
 と、微笑みながらを押し倒そうする。
 な、なにこの人――――!?
 白澤のあまりのアグレッシブさにの頭は混乱を極めた。
 白澤と言えば広い大陸の中でも、強い霊力を持った神獣である。鳳凰や麒麟といった吉兆の印とされ、凶鳥であるとは立場も属性も異なるのだ。むしろ神聖な白澤の方こそ、禍々しい鳥であるを嫌がるように思えたが、実際は真逆でむしろ種族も何もかも飛び越えて仲良くしたいと迫って来たのだ。
 本来ならば迫って来た時点で張り倒してしまいたいところだが、相手はあの白澤である。と白澤では神格が違いすぎる。
 それにいくら妖鳥とは言え、今の華奢な姿では白澤の腕を押し返せる力はない。
「ま、ま、待ってくださいってば!」
 は混乱しつつ腕にかけた羽毛を羽織ると、天帝少女の姿から姑獲鳥の姿へと変じた。
 頭から胸部までは人間のものだが、腕は大きな翼へと変わり、下半身は鳥のそれである。
 白澤はその姿をじっと見つめると、ゆっくりとから手を離した。
「分かっていただけましたか?」
 ようやくが化物である事を理解し興味をなくしてくれたのだと、がほっとと息を漏らすと、白澤はを見つめたままううんと唸り声を上げた。
「あの……何か?」
 がひくりと顔を引きつらせた瞬間、の世界がぐるりと反転した。
 白澤に押し倒されたと理解した瞬間、の頭の中は真っ白になった。
 え? この人、何してるの? 私、姑獲鳥だよ? 鳥なんだよ? 鳥類相手に何するつもりなの!?
 脅えるに向かって白澤はにこりと微笑むと、
「顔と胸が女性なら没問題」
「きゃああああああ!?」
 がばりと襲い掛かって来た白澤をは渾身の力で蹴り飛ばした。だが、白澤はがしりと鳥類に変化した足を握り締めると、逃がさないよと笑顔で告げる。
 は必死の形相でばさばさと羽ばたいたが、床に身体を押し付けられているせいか、それはまったく無駄な抵抗に終わった。
「い、いや……」
 がたがたと震えるに、怖いのは最初だけだってとまるで悪役のような台詞を吐きながら、白澤が迫る。
 両目にいっぱいの涙をたたえ、それがすうっと頬を伝った瞬間――――
「手を離しなさい、このケダモノ」
 どこからともなくブン投げられた金棒が、白澤の顔面にめり込んだ。
 ぎゃああっと鼻血どころか顔中から血を吹いて白澤が倒れた隙に、が白澤の身体の下からばたばたと這い出ると、の目の前にすっと白い手が差し出された。
 顔を上げるとそこには、いつも通りの仏頂面をした鬼灯の姿があった。
「ほ、鬼灯様ぁ〜〜〜」
 鳥の姿のままその腕に縋りつくと、鬼灯はため息を付きながらひょいとの身体を抱き上げた。
「まったく、帰りが遅いと思ったらこんな奴とイチャイチャしてたんですか」
「イチャイチャって……! 違います! 私もう少しでお嫁にいけない身体に……う、うう、わああああああ」
 まるで赤子のようにわんわんと泣き出してしまったの背を、冗談ですよ、と呟きながら鬼灯の手が撫でた。到底、子供を攫う凶鳥には見えないが、男嫌いのには天界の種馬のような白澤は刺激が強すぎたのだろう。
「まあ、あの馬鹿の存在を事前に教えておかなかったのは私の不手際です。今日はいいからもう帰りましょう」
 そう告げてくるりと踵を返した鬼灯だったが、何かががしりと彼の足を掴んだ。
 鬼灯が冷たい視線を地面に向けると、血塗れの白澤が虫の息になりつつも、鬼灯の骨ばった足首をがっちりと掴んでいる。
 そして、ぐっと鬼灯の着物の裾をつかみ、
「ひ、人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじま、」
「だまりなさい」
 言い終わる前に馬どころか鬼灯に蹴り飛ばされ、今度こそ白澤は意識を深い闇の中に撃沈させるのだった。




 帰り道。
 めそめそと泣き続けるを抱えながら、まあ良かったじゃないですか、とぼそりと鬼灯が呟いた。
「少しは貴方の男嫌いも治ったようですし」
 と、目の端を赤く染めながら、怪訝そうな顔を向けるに応える。
「治ったって……そんな、もっと男性不信になりそうですよぉ〜」
 そして再びめそめそと泣き出してしまったを抱えつつ、なんだ自覚がないのか、と鬼灯は胸中で嘆息をついた。
 こうして鬼灯に自分が抱きかかえられている事。
 今までならば鬼灯と手が触れ合っただけでさえパニックを起こしてしまっていたのだから、これはかなり劇的な進歩のはずである。
 に自覚がない事をやや残念に思ったが、認識したとたん大慌てて飛び去ってしまいそうなので、これはこれで良いのだろう。
「まあ、なにはともあれ良い事です」
 のすべすべと滑らかな羽毛を撫でつつ、鬼灯は人知れず満足げに呟いたのだった。






end


白澤さんは種族がなんだろーが、国籍がどーだろうが
気にしないプレイボーイだと良い。
ちなみに姑獲鳥って胸露出してるんですが、
さんはちゃんと水着みたいなのつけてます。