天帝少女の地獄逝き03
「はぁぁ〜〜〜」
は深々とため息を付くと、がんっと自分の額を机の上に押し付けた。
「何をため息など付いているのです。嘆いている暇などあったら働きなさい」
と、冷たく言い放つのは閻魔大王の第一補佐官にして先輩である鬼灯である。だって、と言い訳をしかけ、そんな事を口走ればだってじゃありません、と鬼灯のオカン節が炸裂しそうだったため、それを飲み込む。
何でこんな事になったんだろうなぁ、と胸中で呟く。
あの日、閻魔大王を差し置いてに無罪の判決を言い渡した鬼灯が、神様のように見えたのははるか昔のこと。今はスパルタとオカン気質の強い、鬼先輩にしか見えない。
今まで数々の地獄で働いて来ただったが、ここまでの言葉通りの鬼に出会ったのはこれが初めての事だった。
最初こそ無罪判決に喜び、ここで第二の人生を謳歌しようと働く意欲に満ちていたのものの、地獄ハローワークがに紹介した働き口は集合地獄。
割合的に男性亡者の多いこの職場で、男嫌いのが長く働けるわけがない。男性亡者にセクハラを受け、早々に退職。その後、転々と働き先を変えたものの男性獄卒、男性亡者のいない場所など存在せず、流れに流れ、こうして閻魔庁に落ち着いたのだった。
「そもそも、女性だけの職場なんてそうそうあるもんじゃないんですよ」
「はあ……って、人の心、読まないでくださいよ!」
「読まずとも顔に出ています」
の不満をぴたりと言い当てた鬼灯に戦きつつ、はこの人やっぱ怖いと認識を新たにした。
「だいたい、ここに何の不満があるのです。アホな上司が仕事をしない他に、何か不満が?」
「いや、アホって……いま普通に閻魔様のことをアホ呼ばわりしましたよね?」
「お給料はいいし、福利厚生はしっかりしているし。残業代もしっかり払っているでしょう?」
さらりと自分のツッコミをスルーされた事に疑問を抱きつつ、はぁと曖昧な相槌を返す。確かに職場としてはかなりの好条件だろう。本来なら然るべき学を修めた者が勤めるべき場所なのだ。それを一介の姑獲鳥ごときを迎え入れてくれた事に、感謝せねばならない事は重々理解している。
「でも、私はやっぱり賽の河原とかで働きたいんですけど……」
賽の河原とは親よりも先に死んでしまった子供達が、毎日小石――――もといジェンガを積み続ける地獄である。子供好きの自分にはきっと天職だろう。
「それは前もお話したでしょう。貴方、子供達の積み上げたジェンガを崩せるんですか?」
「それは……! 心を鬼にして頑張ります!」
「当然、子供を攫っちゃダメなんですよ?」
「我慢します!」
「獄卒は子供と仲良く出来ませんよ? 毎日、子供に辛くあたって、子供達から睨まれ、憎まれる役割なのですよ?」
「そ、それは……」
子供達の涙ぐんだ瞳がじっと自分を睨みつける姿を想像し、はわああっと顔を覆った。
「出来ない! そんな酷い事、私には出来ませんっ!」
姑獲鳥であるにとって、子供は他人の子でも可愛くて仕方がないのだ。その子供達に辛く当たり、なおかつ恨まれるなど耐えられるはずがない。
そもそも現役時代でさえ、子供が親を求めて泣くのが可哀想で、攫ってもすぐに返してしまったような大の子供好きなのである。
ううっと嗚咽を漏らしながら、は観念したように、ここで頑張ります、と閻魔庁で頑張る事を約束したのだった。
「まったく、鬼灯君はイジワルだな〜」
が退社した後、二人のやり取りを見ていた閻魔が鬼灯の机の前に立った。何がです、ととても上司への態度とは思えない、ぶっきぶらぼうな口調で鬼灯が答える。
「賽の河原に子供と仲良くしちゃいけないなんて決まりはないじゃない」
「ええ、ありませんね。ですが、子供達に辛くあたらなければいけないのは事実です。ここで働くのが彼女のためでもありますよ」
それはその通りかもしれないが、そうだとしても伝え方があるだろう。
それにそれほど子供が好きならば、獄卒などにならず地蔵菩薩の秘書官にでもなればいいのだ。そうすれば地蔵が賽の河原へ子供達を救済する度に付いていけるのだし、恨まれるどころか感謝される。
閻魔と鬼灯の推薦状があれば、天国での勤務もきっと夢ではないだろう。
にもかかわらず、あんな嘘を付いてまでの転職を拒むというのは、
「ああ、わかった。鬼灯君、君が辞めちゃうのがいやなんだね? それであんなイジワるばぁっ!」
言いかけた瞬間、鬼灯の金棒がごすっと閻魔の頬にクリーンヒットした。
余計な事を言うな、いいから仕事しろ、と。
二つの意味を鋭い瞳に込めて睨みつけると、閻魔はしぶしぶと自分のデスクに戻るのだった。
その背中を眺めながら、鬼灯はやれやれとため息を漏らす。
せっかく久しぶりに骨のありそうな人材が現れたのだ。天国になどくれてやるものか――――と。
end
閻魔大王はやっぱりいじられポジション。
次回、待望(?)の白澤様登場です。