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 それはまだ、が第二補佐官になる前のお話――――



天帝少女の地獄逝き02





「過剰防衛です」
「いいえ、正当防衛ですってば!」
 証人席に立たされたは、今すぐにでも怪鳥の姿に変じてしまいそうな勢いで、くわっと怒りを露わにした。
 誰とも添い遂げる事無く死した姑獲鳥・は、子供を攫った罰諸々で地獄送りとなった。
 子供を攫ったのは事実なので――――とは言え、泣いている子供が可哀相なのですぐに返してしまったのだが――――その咎を受けるのに不満はないが、この罪だけは違うと思う。今、が裁きを受けんとしているのは、とある浜辺で男を鈍器で殴り飛ばした罪、傷害罪なのである。
「その男は私の羽毛を隠して、返して欲しいなら俺の妻になれと迫って来たんですよ!?」
 そう言って、弁護人の隣りに座る男を見やる。
 だいぶ昔、松島の浜辺での羽毛を隠した男だ。
 男はと視線が合うと、俺だー! 結婚してくれー! などと叫び出し、両脇に立った獄卒に羽交い絞めにされた。
 その様子を見ただけでも、げっそりとしてしまう。どう見たってあっちが加害者だ。
 なんで自分が裁かれなくてはならないのだろう。被害者は私なのに……!
「証人。その時の様子を詳しく説明してもらえますか?」
 ちょうど現世でいう所の裁判長席――――閻魔大王の席の隣りに立つ、一角の鬼神がに証言を促した。
 自分が襲われた様子を説明するなど、にとって屈辱以外の何者でもなかったが、ここで沈黙すればあちらの思う壺だ。は拳をぶるぶると震わせながら、あの日の出来事を語った。
「私はあの日、日本の駿河の辺りを飛んでいました。とても暑い日で……汗をかいてしまったので、浜辺に下りて水浴びをしていたのです」
「水浴びは鳥の姿で?」
「いえ……人間の姿です。羽毛は脱いで、浜辺に立っていた松の枝にかけていました」
「ふむ。そこへ彼が現れたと……」
 鬼神――――鬼灯はちらりと羽交い絞めにされている男を見やった。
 見たところ、に恨みを抱いているというより、もう一度逢いたくて仕方なかったという様子である。
「はい。それで私が水浴びをしている間に、男は私の羽毛を隠してしまったのです。そして私に、羽毛を返して欲しいなら妻になれ……と」
「ほお。これは立派な脅迫ですね」
「はい! だから私、断りました! 嫌です、羽毛を返してください、と。でも、その人は全然聞いてくれなくて……それで、私を浜辺に……」
「押し倒した、と」
 は両腕で己の肩を抱くようにしながら、忌まわしい記憶を振り切るようにかぶりを振った。
「もう……私、怖くて……パニックになってしまって、夢中で抵抗しました。ちょうど手に固い物が触れて、とにかく逃れたくて一心にそれを男の頭に叩き付けました」
「これですね?」
 と、鬼灯はビニール袋にパックされた拳大の石を掲げて見せた。
 先の方にはべっとりと赤い血がこびり付いている。
 は今にも泣きそうな顔で、こくこくと何度も頷いた。
「それで……その人が気絶したので、その隙に隠された羽毛を見つけて、逃げました……」
「なるほど。それで、貴方は正当防衛だと主張するわけですね?」
 鬼灯が告げると、すぐさま弁護席から異議あり! と声が響いた。男の弁護人である縁の鋭い眼鏡をかけた鬼が立ち上がる。
「過剰防衛です。いくらパニックに陥っていたとは言え、何度も殴り飛ばす必要があったのでしょうか?」
「だって、怖かったんですよ! いきなり知らない人に押し倒されて、嫁に来いとかわけわからないし……!」
「果たしてそうでしょうか?」
 意味ありげに笑んだ弁護人が、ちらりと鬼灯に視線を向けると、鬼灯は弁護人の異議を認めますと、淡々と告げた。
「そもそも、姑獲鳥は夜飛ぶものと聞いていますが、なぜ貴方は昼間の目立つ時間帯に空を飛んでいたのです? しかも人里近くの浜辺で水浴びなど……これでは見つけてくれと言っているようなものです」
「そんな! 姑獲鳥だって昼間飛ぶことくらいありますよ! むしろ、夜飛ぶのは子供を攫う時くらいです!」
「ほう、子供を……ね。つまり貴方は子供を欲していた。男性を誘惑し、子供を産みたいと思っていたのではありませんか?」
「なっ……私がわざと誘惑したって言いたいんですか!?」
「その可能性は否定できないのでは?」
「はぁっ!?」
 怒りのあまり言葉にならず、は拳をぶるぶると振るわせた。
 その指先からざわりと羽毛に覆われ、は少女から鳥の姿へと変じていく。
 の瞳が人間のものから猛禽類のそれへと変化していく瞬間――――の理性を呼び起こすかのように、閻魔大王の笏が裁判官の持つ木槌のようにカンカンと鳴り響いた。
 返してよ鬼灯君と弱々しく訴える閻魔大王を尻目に、鬼灯は笏を鳴らすと高らかに告げた。
「判決を言い渡します。被告人は――――




end


地獄の裁判のときのお話。
羽衣伝説とか色々まじってます。