鬼神の一種であり、別の名を天帝少女、夜行遊女、釣星、鬼車、羽心女ともいう。夜な夜な空を駆け、人間の少女を攫い、攫われた娘は姑獲鳥となる。妊婦が死んで化けたものとされるため、日本の妖怪「産女」と混同される事がある。
羽毛を脱ぐ事で女性の姿となり、その姿を特に天帝少女と呼ぶ。 東晋の『捜神記』によれば、羽毛を隠された羽衣女が人間の男の妻になるという話が残されており、これが西晋の時代に鬼車と呼ばれるようになり、やがて『玄中記』の中で鬼車や羽衣女は姑獲鳥という鬼神に統合されたと言われる。
天帝少女の地獄逝き
「ああ……、早く寿退社したい……」
筆を手にしたまま、がつんと机に額を叩きつけ突っ伏した。
十七八の少女の姿だが、その両眼は色濃い隈で縁取られており、目は充血して血走っている。説明するまでもなく、徹夜明けである。
「たかが三徹くらいで何をふざけた事を抜かしてるんですか」
と、表情を崩す事無くため息と共に呟いたのは、閻魔大王第一補佐官である鬼灯である。と同じく三日連続徹夜であるが、その表情には疲労の一片もなく、いつも通りの涼しげな顔をしている。
その澄ましきった顔を見つめながら、はだって、と呟いた。
「おかしいですよね、七十二時間労働とかどこの耐久レースですか!?」
がん、と丸めた拳で机を叩くと、鬼灯は一瞥すらせず金棒の端をの眼前に伸ばし、無駄口叩かない、と脅した。
うわ、パワハラだよ――――と胸中で呟いたが、口にすると金棒の突起をそのまま顔にめり込ませてきそうなので、はしぶしぶ筆を書面に下ろした。
は閻魔大王第二補佐官として、この閻魔庁で働いている。とは言え、つい数ヶ月前にここに配属されたばかりの新米だ。
初めは新人らしく先輩である鬼灯につきしたがって、一日も早く業務をこなせるようにと努力したものだが、最近はフレッシュな意気込みも薄れさっさと寿退社する事ばかりを考えている。
それもこれも、その先輩――――鬼灯のせいだ。
この男、自他共に認めるドS男である。
初めはの事を思ってスパルタなのかと思っていたが、最近単純にそうではないと気づいてしまったのだ。どうやら無理難題――――鬼灯と同じ事を要求されているので、本人はごく当たり前のことと思っているようだが――――を押し付け、がどこまで耐え切れるか、楽しんでいるようである。
完全に玩具にされている。
否、玩具どころかただの観察対象かもしれない。
この鬼灯の困った性格を知っていたならば、なぜのような学も資格も持たない一介の姑獲鳥が、第二補佐官などという高級職に就けたのか理解できただろう。
なぜ、万年繁忙期である閻魔庁に補佐官が一人しかいないのか――――
一人しか居ないのではない。何人の補佐官が就いても、みな鬼灯のスパルタに付いて行けずすぐに辞めてしまうのだ。
知っていれば、こんな所に就職しなかったのに……!
と、は手にした筆を強く握り締めたが、今となっては後の祭り。
しぶしぶと書類整理を続けていると、ふと思いついたように、鬼灯が呟いた。
「だいたい、貴方――――寿退社すると言っても、男嫌いじゃないですか」
「それは……」
そこを突っ込まれるととしても痛い。
かつてが日本の空を飛んでいた頃の話、とある浜辺で水浴びをしていると人間の男が現れの羽毛を隠してしまったのだ。羽毛を返して欲しければ俺の妻になれ、と迫って来た男に、多くの羽衣伝説であれば泣く泣く男の妻になるところ、はパニックのあまり男を鈍器で殴り飛ばし、羽毛を奪い返して逃げたのである。
以来、は男性不信である。
姑獲鳥の性質として子供は大好きだが男は嫌い、というジレンマに苦しみ、結局誰とも結ばれないまま死んで地獄へとやって来たのだった。
「じゃ、じゃあ、寿退社はやめにします。普通に辞めます! 普通に辞めて、賽の河原にでも就職します!」
子供もいっぱい居るし! とガッツポーズを作ったに、鬼灯はため息を漏らした。
「賽の河原は死んだ子供を苛む地獄なんですよ? 貴方、子供たちが積み重ねたジェンガを、無慈悲に壊す事ができますか?」
「うっ……」
「そもそも、貴方の夢はなんです? ああ、そう、地獄一の大家族でしたか。子供は養子縁組するとして、大した収入もなく、どうやって子供達を養っていくつもりですか」
「ううっ……」
「学もない、資格もない。就職してもすぐ辞める。そんな事で地獄の就職難を乗り越えられると思うんですか?」
「うううっ……」
完全に凹んでしまったを前に、鬼灯はため息を一つ。
「分かったらさっさとそれを片付けてください。まだまだ仕事は山済みなんですよ」
そして、の前にドサリと書類の山を置く。
は目に涙を浮かべながら悔しそうに鬼灯を睨んだが、やがてそうしていても何の解決にもならないと諦め、黙って書類整理を再開させた。
いつか辞めてやる。たくさんお金稼いで辞めてやる! そしたら地獄一の大家族を作るんだから!
悔しさをバネに黙々と仕事に打ち込むをちらりと見やり、鬼灯は再びため息を一つ。
そう簡単に辞められてはかなわない。こちらだって人手は欲しいし、好きで補佐官達を辞めさせているわけではないのだ。
それに平均一週間で辞めていった今までの補佐官に比べ、ここまでガッツのある人材は珍しく鬼灯にとっても興味がある。
どこまで耐え切れるか。このまま鬼灯の要求に応えてくれるのか。
そうだ明日は今までの二倍の仕事を任せてみよう――――そんな事を考えていたら自然とこんな事を呟いていた。
「……ガッツのある人は好きですよ」
end
勢いで始めてしまった鬼灯連載!
さて、どこまで続くのやら。
なお姑獲鳥など妖怪の説明は、ネットでかじった程度の知識です。
大いに間違っていたり、捏造してたりするので、どうか鵜呑みになされませんよう!