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毒薬はいかが?





「それは毒薬です」
 にこり、と。
 微笑んだ白澤が、髑髏マークの絵のついた怪しげな瓶を、に向かって得意げに掲げた。
「………………は?」
 今まさにそれと呼ばれた液体の含まれたお茶を嚥下したばかりのは、一瞬わけが分からず白澤の顔を凝視した。
 笑顔を崩さぬ白澤と、明らかに毒ですと主張する瓶のマークを交互に見つめ、再び、
「………………え?」
 と、疑問符を浮かべた。
 状況を理解できずにいるにいい反応するなぁとでも言うように、白澤が弾んだ声で説明を施す。
「主な成分はアコニチン。食べると嘔吐、痙攣、呼吸困難、心臓発作を引き起こします」
 ひくり、との顔がひきつった。
 ようやくそれが猛毒であると理解したのか、
「なっ、なんて事するんですかっ!」
 と白澤の白衣につかみ掛る。
 すでに地獄の住人であるが、死ぬ事はない。が、死ぬ事はないという事は、永遠にその苦しみから解放されないという事だ。
 出されたものを疑わずに飲んだのは迂闊だったかもしれないが、まさか桃源郷の薬剤師が自分に毒を盛るなどとは思わない。というより、そんな事をすれば大事件だと、白澤もも容易に理解できるはずなのである。
 慌てるに反して、白澤は平然としている。
 平然と――――むしろ朗らかな表情のまま、彼の手はもう一つの手を掲げた。
 赤くまあるい小さな丸薬を、良く見えるようにの眼前に差し出す。
「ここに解毒剤があります」
「なんだ……ちゃんと用意してあるんですね」
 はほっと安堵の吐息を漏らした。
 結局、白澤がなにをしたいのかまったく理解できないが、とにもかくにも毒で永遠に苦しむ事はなくなった。
 当然、白澤がそれをくれるものだと思ったのだが、
「でも、あげません」
 ひょいっと白澤は見せ付けていた丸薬を引っ込めると、自分の口の中に放り込んだ。
 一瞬の間。
「………………ええ?」
 わけが分からず、首をひねって白澤を見る。
 にこにこと笑っている彼の顔からは、とても真意など見抜けそうにない。
「あの…………白澤様は私のこと、殺したいほど嫌いなんですか?」
「ううん。むしろ大スキ」
「…………じゃあ、なんで私はこんな目に遭ってるんですか?」
ちゃんのコトが好きで仕方ないから」
「ええと……すみません、全然意味がわかりません」
 早々に白旗を揚げたに、白澤は嬉しそうな顔をする。あのね、とまるで子供に説明するような優しい口調で、
「こうしてたまに会いに来てくれるけど、それも仕事でだし、すぐに君は地獄に帰っちゃうだろ? いつもこのまま帰したくないなぁって思ってたんだよ」
 白澤の身体がゆらりと揺れる。
 呆然としているの頬に触れ、内緒話でもするようにそっと顔を寄せた。
 ねぇ、ととても天国の神獣とは思えない、妖艶な悪い笑みを浮かべて――――
「毎日、少しずつ解毒剤をあげる。少しずつ少しずつ、苦しくならないくらいの量を」
 それでも、毒はなくならない。
 毒がそれ以上身体を蝕む事がないように、一定のラインをぎりぎりで保って、わずかに身体の自由がきくくらいの量の、毒と薬を同時にあげる。
 寝台の上から起きる事も叶わず、毎日白澤が与える薬を唯一の糧とする姿を夢想し、白澤はほうっと恍惚のため息をついた。
「死なないというのは凄く残酷だね」
 普段、細められた瞳がすっと見開き、獣のぎらぎらした瞳がを見つめている。
 妖しく、凶暴で、いかなる理にも支配されない暴君のような瞳が。
「白…澤……さ、ま……」
「大丈夫。ちゃんと面倒見てあげるから。下の世話だって、甲斐甲斐しくしてあげ、」
 瞬間――――
 の放った渾身のボディブローが白澤の腹部にクリーンヒットした。
「なに馬鹿なこと言ってるんですかっ!」
 続けざまにまわし蹴りが即頭部に炸裂し、身体を折り曲げた体制のまま、白澤は地面に沈んだ。
 その拍子に口内から飛んだ赤い丸薬が、ころころと転がる。それをひょいとつかみ上げ、自分の口に放り込むと、迷わず嚥下した。
 心なし胃の辺りがすっきりとしていくのを感じながら、
「馬鹿なことすると、次はしょっぴきますからね!」
 と、捨て台詞を吐いて、は肩を怒らせつつ『極楽満月』を後にしたのだった。


「あーあ、うまく行くと思ったのになァ」
 蹴り飛ばされた辺りを手で撫でながら、白澤はゆっくりと立ち上がった。
 床に転がったドクロマークの瓶を拾い上げ、べりっと無造作にシールをはがすと、その下から現れたのは葛根湯の文字。
 毒など嘘だ。大好きなにそんな事などするはずがない。が飲んだ丸薬も別の薬で、そもそも解毒剤の効果などないのだ。
 最近、風邪ぎみだと言っていたから、漢方を処方する代わりに飲ませたに過ぎない。
ちゃんとキスできると思ったんだけどなァ」
 と、至極残念そうに白澤は呟き、
「あ、でも、間接キスだ」
 自分の唇に触れ、嬉しそうに笑みを零すのだった。




end


頭いいのか悪いのか分からない、白澤さんの行動。
これで実行に移したら、とんだヤンデレ神獣ですね。
ぜひ、次回はお願いしま(ry