我的宝贝
「だからさァ、貞操とか節操とかそういう言葉自体、新しい考えだなって僕は思うよ」
「へー」
「そもそも、貞淑も貞潔も女性に対して使われる事の方が多いけど、これって男女差別だと思うんだよね。性は誰に対しても公平で開放されるべきだよ。見てごらん、兎なんて年中発情してても誰も怒らないし、一夫多妻だとか誰も思わないでしょ?」
「ソウナンデスカー」
「ねえ、ちゃん? その棒読み怖いからやめて。ホント怖いからやめてくださいごめんなさい」
床に両手をついて深々と土下座のポーズを取った白澤を、は椅子に座ったまま両腕両足を組み冷ややかに見下ろしていた。
目の前のテーブルには白澤のケータイ電話が開いたまま転がっており、ディスプレイには数え切れないほどの女の子のアドレスが登録されている。これだけでもかなりのものだが、更に腹立たしいのはそれらのアドレスが皆、きっちりとフォルダごとに分けられている事だ。
フォルダ1,2,3…と書かれた素っ気無いフォルダ名からは、分別の理由は把握できないが、白澤の性格からしてなんとなく類推はできる。おそらく、食事をした、デートをした、遊んだ、と段階ごとに分かれているに違いない。そしてきっと、一番最後のフォルダ0はフラれた相手のアドレスだ。
怒らせてフラれたのだからさっさと消してしまえばいいものを、きっとそんな事など忘れ百年後にでも何気なく口説こうとしているに違いない。
小賢しい――――
このひと本当に神獣なのかしら、とは疑いの視線を向ける。
「さすが妖怪の長ともなると、交友関係がお広いんデスネー」
「や、長く生きてると色々とねー」
「色々とデスカー」
伸びた語尾からの怒りをひしひしと感じ、白澤は脂汗を顔中に浮かべた。
まるで浮気を責められる男のような心境――――だが、二人は決してそういう関係ではない。本来なら白澤が年中盛っていようと、女子限定の博愛主義者であろうと、には関係ないのだ。
普段、白澤の軽口をあっさりと交わし、どんなに口説いてもなびかない。どこかの冷徹な獄吏のような、鉄壁の守りを有し、近寄れば離れ、追えば逃げるという堂々巡り。
そんな事だから、白澤のケータイ電話を目にし、こんな風に怒るのは彼にとっても意外な反応だった。
あれ? これってもしかして――――
「嫉妬?」
呟いた瞬間、きっと般若のような顔でが両目を吊り上げた。
「嫉妬? はい? 誰が? 私がですか? 誰に? なにを? ありえないでしょう??」
この過剰なまでの反応。こんな調子で否定されても、まったく説得力がない。
の意外な面に驚くと共に、白澤は思わず頬が緩んでしまうのを止められなかった。
が、嫉妬した。白澤にとってただの遊び相手でしかない、多くの女のコに向かって、あのが自分の感情に気づかないほどの取り乱しているのだ。
ヤバイ。嬉しくて死にそう――――
へへっと笑みを零すと、なに笑ってるんですか、との鋭い視線が白澤を射抜いた。それから、だいたい白澤様は、と延々と説教が続くのだが、白澤の耳にはまったく入ってこない。
の怒りながらも愛らしい顔や、怒気を孕んでいるにも関わらず澄んだ声や、白澤相手に貞操観念を延々と語る真面目でちょっとずれた所や――――探せば探すほど、愛おしさに溢れてどうしようもなくなる。
ああ、抱きしめたいなー。ぎゅっとして、頭なでて、ほっぺにちゅうしたいなー。
真面目に語るを前にしながら、白澤の頭には煩悩ばかりが生まれていく。百八つではとても足りないくらい愛おしさが募っていき、そんな事をした瞬間は逃げてしまうだろうと考え残念に思う。
でも、このままじゃあまりにも勿体無い。せっかくが構ってくれるのに、このまま叱られているだけだなんて詰まらない。
「ねえ、ちゃん。ちゃんのアドレス、調べてみてよ」
「ハ?」
お説教の途中ですと言わんばかりに顔をしかめただったが、早く早くと子供のような顔の白澤にせかされ、渋々とケータイ電話を手にした。電子音を鳴らしながら、アドレス帳の自分の名前を探す。
プロフィールを開くと、教えたはずのない誕生日や自宅の電話番号まで載っていて、一瞬うわあと声を上げてしまったが、どうやら白澤が見せたいのはそれではないようだった。なんですか、とクイズのようなこのやり取りにいい加減がうんざりして来た頃、ふとの目に自分の割り当てられたフォルダの名前が飛び込んできた。
『宝貝』と名のつけられたフォルダには、自分のアドレス以外なく、はその意味を知って耳の先まで顔を赤くする。
「う……ぁ……」
二の句が継げずにいるに白澤はにっこりと微笑むと、
「我的宝贝,还不知道这么爱你吗?」
は今にも目を回しそうなほど顔を真っ赤にすると、だってとか、でもとか、口ごもりながら逃げて行ってしまった。鳥の姿になり飛び去っていく姿を眺めながら、白澤は思わず唇に笑みを浮かべる。
「あーあ、逃がしちゃった」
残念、と呟きながらも、その顔は満足げで嬉しそうな笑顔に満ちていたのだった。
end
ヒロインがツンデレっぽくなってきた。
それはともかく、作中の中国語について怪しい解説を。
「宝貝」は宝物という意味です。
一般的に子供に対して“可愛い子”という意味で使いますが、
恋人に対して使うと“愛しのベイビー”つまりダーリンとかハニーとかになりまう。
で、白澤さんのせりふは、「ダーリン、僕がこんなに好きだってまだ知らないの?」
こんな感じの意味。
でも、「宝貝」の他に「情人」とか「愛人」とかいうフォルダがごろごろありそうだ。