喉元から鎖骨の合間を通り、膨らんだ胸の谷間を抜けて臍へ向かって真っ直ぐと。
爪先がなぞった後に赤い線が浮かんで、じんわりと鮮血が浮かび上がる。
ぱっくりと開いたまるで柘榴の実のような肌の下の肉の色に、思わず唾を飲み込んだ。
「いっ……」
傷口に舌を這わすと、の唇から痛みを訴えるような声が漏れる。歯を食いしばっているものの、直接肉に触れられる痛みは耐え難いのか、眉根をひそめて呻いた。
だが、神威は構わず夢中で舌先で傷口を撫でる。尖らせた先で割れた皮膚の間を開き、啜り、愛おしそうに唇を押し付ける。
濃厚な血の味、匂い、色、すべてに酔っている。
自分でも酩酊していると自覚するに十分なほど、心がざわついて、浮かれている。獣のように荒い息を放って、まるで獲物を喰らう肉食獣のように貪った。
嗚呼、好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ堪らない好きだ好きだ好きだ――――
この溢れ出るほどの想いは果たして愛情なのか、性欲の発露か、はたまた食欲か、破壊衝動かあるいは殺意なのか。
分からない。その全てかも知れない。
とにかく、その全てを満たしてくれそうなほどに興奮する。
浮かび上がる思考すらすぐに熱に浮かれてぐずぐずになって、欲望の渦に巻き込まれてしまう。
ただ欲しくて仕方がない――――
その身体が、身体の中身が、すべて自分のものになればいいのにと願って、神威はの身体に己のそれを繋ぎ合わせた。
欲張り
「痛いよ、神威」
一度目の交接を終えてから、ベッドに突っ伏した体勢のままが文句を口にした。夜兎の驚異的な回復力ですでに傷口が塞がり掛けているそれは説得力がないが、白いシーツに飛んだの血が行為の凄惨さを言葉以上に物語っている。
回復が早く痛覚の鈍い夜兎にはたいした傷ではないが、甘噛みより痛いのは確かだ。
だが、神威は一向に構わぬ様子で、うつ伏せになったの白い背中に吸い付いたり、噛み付いたりして遊んでいる。白い陶器のような背中に、鬱血の痕や歯型が点々と残る。
「ねえ」
はがばりと起き上がると、立場を逆転させるように神威の身体の上に覆いかぶさった。仕返しとばかりに肩口に歯を押し当てる。
神威は一瞬意外そうな顔を見せるが、すぐに不適な笑みが唇に浮かぶ。
「いいよ。の痕をつけて?」
余裕を見せるように耳の裏に手を差し入れて髪を梳く。その余裕が悔しくて、は容赦なくがぶりとやってやった。皮膚を裂いて肉を押しのけて、尖った犬歯が埋まる。その隙間からとくとくと血が溢れ出して――――は顔をしかめる。
とうてい美味しいとは思えない。戦場で口にするのと同じ、鉄に似た殺伐とした味。
「私には分からないよ」
早々に諦める様に言って、は神威の隣に身を横たえた。の攻めを期待していた神威は、なんだ詰まらないと残念そうに肩をすくめる。
まあでも、構わない――――
「俺はきっと人より欲が強いんだろうね」
後ろからの身体に腕を絡ませ、絹のような肌に唇を滑らせる。自分の付けた鬱血の痕や歯型を数えながらなぞって、征服するように散りばめられたそれにうっとりと吐息を漏らした。
「独占欲も支配欲も、性欲も食欲も殺意も破壊衝動も……全部ぜんぶで満たされたい」
もうこの手は満たされているはずなのに――――まだ足りない、まだ欲しい。
もっともっと欲しい。もっと埋め尽くされたい。
「外見だけじゃ嫌だ。内側も、奥の奥まで俺のモノにしたい」
骨の先の先まで、血の一滴まで、全部俺を刻み込めたらいいのに。
こんな俺は欲張り――――?
耳元で囁かれた言葉に、はくすりと笑みを零す。
「欲張りでワガママ。ついでに物凄いサディスト」
返された妥当な分析に神威は嬉しそうに微笑んだ。
そして、もう一度を味わおうと、覆い被さるように身体を重ねて、
「それじゃ、隅々まで食べ尽くすから、覚悟してね?」
end
「真夜中」に続いて神威と妖しい夜。