喜鵲橋
開いた傘を内側から見上げると、吉兆を表す赤い布地に金色の鴛鴦が列を作って飛んでいた。中央の一羽が大きいのは、それが子を導く母だからと聞いた事がある。傘越しに透ける太陽の光に向けて羽ばたく鳥達の群れを、は眩しいものでも見るように目を細めて眺めた。
ゆっくりとした足取りで進み、石橋に差し掛かったところで足を止める。急な傾斜で弧を描くそれは気を抜けば後ろに転がり落ちてしまいそうに思えた。
半円を描くように盛り上がった石橋は、少年期から大人への成長を意味を表していると言う。だから、気を抜くと転がり落ちてしまうのだと。平坦な道は親に守られていた幼児から少年期まで、そしてこの盛り上がりが少年期から大人への道なのだ。
そして、石橋の中央まで登りつめた時、初めて人は個人となる――――
「」
欄干に手をかけつつ登ると半円の途中で、眼前に白い手が差し出された。傘のひさしを上げて仰ぎ見ると、にこりと微笑んだ神威がまだ坂を登りきらないに手を差し伸べている。
「まだ登りきってないよ」
そう言って一応の仕来りに倣おうとしたが、神威はいいんだよと笑っての片手を取った。神威に手を引かれ、橋の中央に上り詰めると、眼下を流れる小川と共に蓮池に囲まれた庭園が目の前に開けた。陽光を受けてきらきらと輝く水面を、は息を飲み込んで見つめる。
「仕来りとか馬鹿らしいと思ってたけど、一応意味があったんだね」
「え?」
「太陽。夫婦で一緒に見るってのがさ」
そう呟いて、神威は眩しそうに目を細め水面を眺めた。
夜兎が決して肉眼で目にする事が出来ない太陽の光が、水面に反射して輝く。それを共に目にする事こそが意味のある行為なのだと、ここに来てようやく理解したのだった。
初めはさ、と神威は光を眺めながら呟く。
「なんで夜兎の婚礼を昼間にやるんだか分からなかったんだよね。わざわざ傘までこれ用に作って、こんな日向で相手を待ったりして」
そう言って、神威はくるくると自分の傘を回して見せた。
「でも、がこっちに向かって来るの見てたら、ああこれって試されてるのかなとか思ったんだ」
「試されてる?」
「そ。もし、ここでの傘が飛んじゃったら、絶体絶命だと思わない?」
「うん、困る」
辺りには日除けになるような場所は一切ない。白日が残酷なまでに真っ直ぐと地上に伸びている。陽光を毒とする夜兎にはひとたまりも無いだろう。
「で、そこで頼れる旦那様の登場ってわけ。俺の傘ならもう一人入れるよ?」
にこりと笑いかけると、神威は己の傘を差し向けた。同じ赤い色の傘だが、のそれより一回り大きい。そして、赤い布地には子を引き連れる親鳥ではなく、一羽の雄鳥が大きく翼を広げているのだ。
は微笑んで、自分の傘を閉じ神威の傘をくぐった。寄り添うように腕を絡ませる。
太陽の光は相変わらず強烈だが、神威のさす傘には一筋の光も通らない。完全にを守る、鉄壁の壁となっている。
「阿伏兎がちゃんとしろって煩いから、わざわざ仕来りに沿った式にしたけど……。こういうのも偶には悪くないね」
現代風のウェンディングドレスもエンゲージリングもないが、一つの傘を分かち合う喜びは何ものにも勝る。それはきっと夜兎でなければわからない。
神威は日差しからを守るように、の肩をそっと抱き寄せた。
「俺にを守らせてよ」
どんな敵からも、どんなものからも、守ると誓うから。
凶刃も、銃弾も、太陽の光でさえ、この傘を貫く事は出来ない。
「だから、残りの人生は一緒にいてくれる?」
神威のプロポーズには微笑を向け、傘の柄をしっかりと握る神威の手に自分の手を重ね合わせた。
そして、まるで誓いを交わすように、人生を模した喜鵲の橋を、二匹の兎は肩を寄せ合い、寄り添いながら渡るのだった。
end
捏造、万歳!
せっかくの七夕シーズンなので、七夕ネタも織り込みつつ夜兎の婚礼でした。
新郎がでかい傘で新婦を迎えるとかだったら可愛い。
わざわざ昼間にやるのは、太陽からもあなたを守れますアピール。