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「だから護衛を連れて行けっていっただろーが」
 至極面倒くさそうに、やや苛立ちながら阿伏兎はため息混じりに文句を口にした。だって、とは何か言いたそうにしているが、それを無視して阿伏兎は地べたに転がった見知らぬ天人の胸倉を掴みあげた。
 すでに半殺しの目に遭って意識を失いかけていた男の頬をぺちぺちと叩き、耳元で大声を張り上げる。
「なァ、オイ、アンタ。うちのお嬢さんが世話になったみたいじゃねェか。こいつがうちのボスのコレだって、知ってて手ェ出したのか?」
「う……ぁ、知ら……、な……」
「知らない? まぁ、知らねェだろうな。知ってて手ェだしたら勲章モンの馬鹿だ。が、知っていようがいまいが、俺にはそんな事は関係ねェ」
 すっと掲げられた番傘を腫れた瞼を押し上げて確かめ、男がガタガタと震え出す。
「阿伏兎」
 は阿伏兎の名を呼びそれを制したが、阿伏兎は軽く首を横に振った。
「俺も別にここまでやる必要はないと思ってるんだぜ? だが、残念ながら俺にも上司ってのが居て、そいつがめっぽうワガママなんだわ。逆らったりしたら、逆に俺が半殺し。だから仕方ねェだろう?」
 悪ィななどと詫びいれながら、そのくせわずかに笑みを浮かべて歪んだ唇が、男の断末魔と共に更に口角を吊り上げた。
 番傘の先から滴る血を軽く振って散らせながら、馬鹿だねェ、と呟く。その瞳は夜兎族以外には決して情などかけぬ、非情に満ちた冷酷な色をしていた。




 

ワガママ選手権





 に一人歩きをやめろと口をすっぱくして阿伏兎が言い続けているには、理由がある。
 一つは我等が団長様のため。そして、もう一つは我等が団長様に冷遇される、憐れな自分のためである。
 あの容姿のためか、は一人歩きをさせると十中八九変な輩に絡まれる。が路地裏やらいかがわしい街やらを歩くのが悪いのだが、見た目がか弱そうな女なので、どうにもその手の馬鹿を引き寄せやすい。
 で、そんな馬鹿に出会ったらどうなるかと言うと、当然ながら血祭りである。ただの女と思って襲って来たらそれなりに、を白兎と知ってちょっかいを出したらそれより二割り増しに、手ひどいお仕置きをする事にしている。
 だが、ここまではそれでいいのだ。暴漢に対して正当防衛で話が付く――――多少、やりすぎな感は否めないが。
 その後、仮にその出来事が神威に知れると面倒なのだ。大概、戻って来たが返り血を浴びていたり、血の匂いをさせていたりするから彼に嘘など通じないのだが、も馬鹿正直に悪漢に襲われたなどと言うので、更に面倒な事になる。
 あの独占欲に満ちた団長にとって、たとえ相手が見知らぬ人間だろうと、すでに半殺しになっていようと許せないらしい。しかも、愛情と殺意を取り違えているような厄介な性格のため、自分がいない所でが闘うのも厭なのだ。
 それで、なんでそんな所に一人で行ったの、ホイホイ付いていくなんて危機感がない、などとを詰る。の方は自分は無事なのだし、夜兎の自分が負けるはずなどないのだから、そんな神威を鬱陶しく感じる。
 で、口論の末、痴話げんかの勃発。
 当然、破壊と暴力に満ち満ちたそれは二人の間だけで済むはずがなく、周りの人間が巻き込まれる。
 そして、散々に暴れまくり事が済んだ後、矛先は阿伏兎へと向かってくるのだ。
 なんでを一人で行かせた、に殺させる前にお前が殺せ、この役立たず、給料ドロボー等等、泣きたくなるような罵倒を浴びせかけられる。
 この不条理を阿伏兎はもはや誰かに訴えようとは思わない。
 神威のワガママはいつものこと。そして、そのワガママに応えるのが、いつの間にか副団長である自分の役割になってしまったのだ。
 という訳で、――――神威のため、そして自分のために――――一人歩きをやめろと口をすっぱくして言い続けている。
 なかなか聞き届けてもらえないが。





「だーから、何回言えば気が済むんですかねェ。その首の上についてんのは、素敵な置物ですかァ?」
 あぁん? と真上から凄んで見せるが、はやはり不満そうな顔をしていた。古今東西の怪しげな商品の集まる蚤の市を、ゆっくり歩きながら眺めている。
「護衛が要るなんて、阿伏兎、本当に思ってるの? だとしたら、すっごくムカつくんだけど。私そこまで弱くないし」
「あー、はいはい。アンタは強いよ、化物姫サマだよ。だが、アンタに勝手されちゃ俺が団長にどやされちまう」
「ふーん。どやされちゃえば?」
「あのなァ……」
 はぁっとため息を付きながら、の後ろを半歩下がって付いていく。
 確かにが護衛を置きたがらないのも、理解できないわけではない。それは夜兎としての己の沽券に関わる話だ。
 ほどの力量の持ち主なら、なぜ自分に劣るような者に護衛されなければならないのだと思うだろう。自分なら片腕で相手を潰せるのに。なぜ、自分が吹っかけられた喧嘩を他人に肩代わりしてもらわなければならないのだ。
 しかも、自分は半殺しで良いと思っているのに、の護衛たちはきっと相手を死に至らしめるだろう。それは何か歪な不等号で結ばれている、気持ちの悪い構図だ。がそれを嫌悪するのも分からなくもない。
 だが、目の前を歩く小柄な背中を眺めながら、こんな小娘が一人出歩いていれば、そりゃ襲ってくださいと言っているようなもんだろうと、呆れ返ってしまった。
 神威が機嫌を損ねず、阿伏兎もため息をつかず、ついでにゴロツキ共も生き残れる最善の道を選ぶのなら、が絡まれないのが一番なのだ。いかつい男共を侍らせておけば、そうそう声をかけようとも思われまい。
 だと言うのに……
「ああ、くそっ、アンタら好き勝手にいいやがって。ワガママ選手権か」
「いいじゃん。たまには一人にさせてよ」
「たまにじゃなくていつもだろおが。あと文句があるなら、団長に直談判してくれ。宇宙海賊つってもサラリーマンなんだよ」
「もうした。結局、喧嘩になっちゃったから、こうして息抜きに買い物に来たの」
「待て待て。それでもアンタになんかあったら……」
「何にもなんないってば。もうっ、私に何か言っても無駄だからね」
 頑なに主張を変えないの背を眺めながら、阿伏兎の口からはもはやため息しか零れなかった。
 の強さを疑うのでも、神威の我侭に同意するのでもない。
 だが、それでもこの薄暗い世界の闇の中に、この小さな背が紛れていくのはどうにも不安で――――どこぞの馬の骨がそれに触れようとしたら、やはり自分も憤ってしまうのだろう。
「アンタが夜兎族じゃなきゃ、どうでもイイと思えたのかねェ」
 そんな事をため息混じりに呟きながら、阿伏兎はの半歩後ろを、付き従うように歩くのだった。





end


色んな人のワガママに振り回される阿伏兎。
でも、それが彼の役割で、自分自身受け入れて(諦めて?)そうですね。
あと、阿伏兎は夜兎以外には冷たいイメージあります。
逆に夜兎に対しては、種族の存在そのものを大切にしてそう。
なので、夜兎同士の問題には首を突っ込まなくても、
他種族に夜兎がちょっかい出されるとキレそうです。