声をかけられたのか独り言なのかよく分からないが、顔を向けるとデスクの上に頬杖を付いた神威と目が合った。空いた方の指先に三つ編みの先をくるくると巻きつけながら笑っている。
「血みたいな色してるよね」
「ああ……」
曖昧な相槌を打ちながら、脳裏にの顔を思い浮かべる。
夜兎独特の白い肌に浮かぶ真紅の双眸。
紅い。
だが、あれは――――
「血みたい、っつーか血の色だろ、マジで」
白兎と呼ばれる母親からの遺伝で、もともと色素の薄い夜兎の中でも更に色が薄いのだ。髪は地球人だった父親とブレンドされて灰に近い銀色をしているが、瞳の色はそのまま母親の色を引き継いでいる。
どこかで読んだ事があるが、あれは赤い色素を持っているのではなく、色素がないため血の色が透けてあのように見えているのだそうだ。
だから、血“みたい”な色、と言うのは語弊がある。
「ああ、そうなの? ま、どっちでもいいけど。綺麗だよね。俺は好きだな」
なんだよ、結局、惚気かよ、と阿伏兎は呆れたような顔をする。
だが、神威はそんな阿伏兎の気持ちになど気付かず――――気付いた所でどうにもしないだろうが――――嬉しそうに褒め称える。
「見てるだけでゾクゾクするって言うか、血がざわつくって言うか」
だからそりゃ、眼球越しに血を見てるからだよ――――
口を挟みたいが、面倒くさいので胸中で呟く。
「でもさぁ、俺、もっとの眼が綺麗に見える瞬間を知ってるんだ」
知りたい――――?
取って置きの秘密を話すように、唇に不敵な笑みを浮かべて。
「あー、はいはい、知りたい知りたい。教えてください、オネガイシマス」
どうせまた惚気だろうと適当な応答をすると、阿伏兎の棒読みな台詞にも関わらず神威はにっこりと微笑んだ。
そして――――
真紅・前編
「ぶはっ」
貨物室の重苦しい扉を開くと、埃っぽい空気が嗅覚を襲った。
長らく誰も掃除していなかったのか、随分な荒れようだ。おそらく神威の命がなければ、阿伏兎も足を踏み入れる機会などなかっただろう。
「しかしまぁ、うちの団長様ときたら」
たまには団長らしい仕事をしやがれと書類の山を渡したら、あの資料が無いこのデータが無いと色々と注文をつけて手を止める。
資料? データ?
普段、そんな物など欠片ほどにも気にしないくせに、まるで阿伏兎を困らせて楽しんでいるように注文を付けるのだ。
じゃあ資料が見つかれば働くんだな? と凄むと、勿論と笑顔で返す。だったら探してやると半ばムキになった所、神威から知らされた資料の場所はこの到底使われているとは思えない貨物室だったのだ。
あのヤロウ、完全にコケにしてやがる――――
阿伏兎は神威への罵詈雑言と苛立ちを胸に押し込めて、さっさと目的の物を見つけるべく黴の匂いが充満する貨物室へと足を踏み入れた。
――――と。
黴の匂いとは異なる、別の匂いが空気に混ざるのを感じ取り眉根をひそめる。
よく知るその匂い。夜兎の本能を刺激するような、濃厚な――――紅。
匂いに導かれるように、阿伏兎は暗い貨物室の奥へと足を進めた。
外の扉よりも更に古臭い扉を開くと、匂いがより濃厚になった。
そして、微かに人の声が混じる。
言葉ではない――――すすり上げる様な、嗚咽だ。
誘われるように歩を進めると、木製のコンテナを積み上げた山の上で、小柄な人影が身体を折り曲げるようにしてうずくまっていた。
泣いている。
子供のように泣きじゃくっている。
だが、そんな事より――――
「おい……そいつぁ、一体なんだ」
阿伏兎の呼びかけに少女は弾かれたように顔を上げた。
涙でぼろぼろになった表情に一瞬視線を奪われ、すぐさまその華奢な身体を包み込む白いチャイナドレスに目が釘付けになる。
紅い――――
まるでドレスの柄に牡丹を描いたように、白い布地を真っ赤に染め上げていたのだった。
そして、彼女の座るコンテナの周りには、四肢をバラバラに切り裂かれた幾体もの屍が散らばっていたのだった。
end
神威は基本、仕事しません。
できるけど、しない。そんなものは阿伏兎やっといて、というスタンス。
後編はやや狂愛風味です。