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 久しぶり、元気だった? 背、伸びたね。
 そんな現実感のない破局の延長を、実に五年の月日を経た今でも自然と口に出来るのは、きっとあの時心の揺れた意味を正しく理解しようとしなかったからに違いない。




揺れる03





 全身に包帯をまきつけた男が玄関先に現れたのは、実に五年も経ってからのこと。
 と神威があっけない別れを果たし、以来ずっと音信不通でその歳月を過ごしてからだった。
 や、と片手を挙げて挨拶をした神威に、は驚くのでもなく――――それこそ旧友に会った様な顔はしていたが――――久しぶり、元気だった? と笑いかけた。
 二人が再会を果たしたのは、の育った星である地球だった。は神威と別れたあと、地球に移り住み、以来地球人に紛れて生活している。目と髪の色が多少特殊だが、着物を纏った姿に違和感はなく、が春雨を抜けてからずっとここで安穏な暮らしを過ごして来たのだと分かった。
「背、伸びたね」
 は微笑みながら、神威の包帯がぐるぐるに巻きつけられた頭に触れた。青年期の成長など微々たるものだろうに、それに気づくのはさすがだと思う。
 手を掲げた瞬間鼻腔をくすぐる柔らかな香りに、思わず懐かしさが込み上げ神威はの身体を抱きしめた。
「ちょっ、神威?」
 戸惑いながらも本気で抵抗しないそれに、もしかしたらはこの五年間ずっと自分のことを想っていてくれたのではないか、と都合のいい想像が脳裏をよぎった。
 が、すぐにそんな甘い幻想は打ち壊される。
 の背後――――の腰にしがみつくようにして、二足歩行を覚えたばかりのような小さな男の子が、じっと神威の貌を見上げていたのである。
、それなに?」
「え?」
 それと指差した神威の人差し指の先を辿って、は子供の姿を確認すると、ああと納得して優しげな笑みを浮かべた。脅えた表情を崩さない子供を抱き上げて、
「私の子」
 と、別れた男にとってそれはそれはショッキングな事実を告げたのだった。





 小さな長屋の一室に神威は通された。台所と呼ぶには小さすぎるそれに、部屋のまんなかには親子が食事や日々のあれこれをするらしいちゃぶ台が一つ。奥の間は寝室なのか分からないが、ぴったりと襖が閉められ物音はしない。
 余計なものが一切置いていない居間の様子から、だいぶ簡素な生活を送っている事がうかがい知れた。
「もう、びっくりしたよ。突然来るんだもん」
 台所で茶の準備をしながら、が背を向けたまま言う。その足元には相変わらず小さな子供がしがみつくように纏わりついており、じっと神威の方にきつい眼差しを向けている。単なる人見知りではない、自分の領域に突如現れた他人に不安と敵意を向けるような目だ。
「今日はどうして地球に?」
 子供が不満げな顔をしている事に気がつかないのか、は会話を続けながら神威の前に湯飲みを置いた。
「仕事?」
「ううん、プライベート」
「プライベートで地球に来るなんて珍しい。もしかして銀さんに会いに来た?」
 まさか、と神威は笑う。はぐらかされているのか、思いも寄らないほど五年は長かったのか神威には分からなかったが、相手の準備など知るかとばかりに神威は自分の目的を口にした。
「俺はに会いに来たんだよ」
「私に……?」
 始終笑顔を作っていたの表情が、わずかに翳った。
「なんで?」
「迎えに来たんだよ」
「迎えにって……どこへ?」
「第七師団だよ。決まってるだろ?」
 悪い冗談を聞いた後のように、は苦笑を浮かべ目をぱしぱしと瞬かせた。嘘だよね? と聞き返すが、神威は至極普通な顔で、ホントと応える。
「でも……私、子供いるし今更、海賊稼業っていうのも」
「子守は阿伏兎にでも任せておけばいいよ。あいつそういうの得意そうだし」
「待って。ちょっと待って、ね? 私たち五年前に別れたよね?」
「うん」
「で、私に子供がいるって言ったよね?」
「うん。聞いたし、今まさに俺の視界に居て俺の事睨みつけてるよ」
「じゃあ……、なんで?」
 なんで、と聞かれて神威は何が? と疑問で返した。神威にとってそれは別段おかしな事ではない。
 五年前に別れていようが、に子供がいうようが、なのだ。
「それってもしかして……やり直そうって言ってる?」
 説明を求めるように身を乗り出したに、神威はケロリとした顔で、そうかもね、と応えた。は理解が及ばず、米神を押さえて目を閉じる。
 子供はと言うと、何の話しか理解しているのか分からないが、母親の表情が曇っていくのを感じ取り神威を敵だと認定すると、ますます敵意まるだしで睨みつけて来た。さすがにこれ以上は聞かせるべきじゃないと判断し、遊びにいっておいで、とは我が子の背を押した。
 子供は不安げな顔でと神威の顔を交互にみやったが、母親に強く促されて、やがて後ろを振り返り振り返りしながら玄関へと向かった。
「えっと……もう一度聞くけど、なんで?」
 玄関の閉まる音を確認してから、はこみかみに指をあてつつもう一度繰り返した。
 このなんで、には先ほどよりも強い意味が込められている。
 五年まえにあっさり分かれたのに、どうして今になっての元に現れたのか、なんでよりを戻そうと思うのか理解できないのだ。
 だが、神威の性格から考え、こういった質問に神威が長ったらしい答えを返す事はない。
 神威はしごく当然と言った顔で微笑むと、
「やっぱり俺はがいいから」




end


五年後の話。
あの別れにして、この再会。