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 心が揺れる。
 まるで階段を踏み外したみたいに、ガクンと縦にぶれて震える。
 振動に驚いて、状況をうまく飲み込めず呆けた顔の自分の事を、きっと物凄く間抜け面をしているのだろうと他人事のように思った。
 そんな風に思うのは、きっとその心の振動を主観的に捉えたくなくて、ふいに心の内に逃げたのだ。




揺れる





「普通こういう時、女は取り乱したり泣き崩れるもんだと思ってたんだがなァ」
 唯一見送りに来た阿伏兎の皮肉とも慰めともつかない言葉に、はアハハと明るい笑い声を上げた。
「付き合った女の子がみんな似てたんじゃないの? あいにく私はそんなに可愛くないんだ」
 うるせぇよ、と不貞腐れたような顔の阿伏兎に、再び朗らかな笑みを返す。
 地球行きの乗客は多いのか、ステーションの搭乗口前は乗客とその見送りでごった返している。
 もしここに彼がいても、きっと私は見つけられない。そう自分に言い聞かせて、は人混みを見ないようにしていた。
「その……悪かったな、団長のこと」
 済まなそうに眉を垂れた阿伏兎に、は首を振って見せる。
「ううん。阿伏兎の謝る事じゃないよ。神威にも……謝られることじゃないかな」
「しかし、アンタ、振り回されっぱなしだろう」
「まあね。でも、それなりに……うん、楽しかった」
 そうやって笑ったに、阿伏兎は複雑そうな顔を見せた。

 別れようか――――と、それは唐突にやって来た。
 ある日、突然。
 まるで一貫した会話の続きのように唐突に切り出された言葉に、はただ瞬きを一つする事しか出来なかった。
 驚いたのは別れを切り出された事よりも、そんなまるで普通の恋人たちの破局のような言葉を神威が口にした事だった。
 なんで? と問うことを忘れたに代わって、運悪く居合わせてしまった阿伏兎が正気か、なに考えてやがると神威に詰め寄った。
「てめぇ勝手に惚れてオンナにした分際で」
「阿伏兎は黙っててよ。これは俺たちの問題」
「てめっ、おい!」
 阿伏兎を無視して問いかけるように向けたれた神威の視線に、は一瞬呆け、そして、
「ああ、うん」
 特に深く考えもせず同意した。
 はぁ!? と外野の阿伏兎が驚いた声を上げる。
 だが、当人たちは驚きもせず、これで決まりとばかりにまるで契約を打ち切るように、簡単に恋人を辞めたのだった。
 もともと無理やり春雨にひきいれられたにとって、神威の束縛がなくなればそこに居座る理由もなく、特に考えるでもなくは船を降りることになった。
 未練は驚くほどなかった。
 何故だろうと考えても、よく分からない。
 ただ、神威が欲してそこに居た自分は、彼が必要としなくなった今、居なくなるのが自然だと思ったのだ。
「なぁ、アンタ。正直、団長のコトどう思ってたんだ?」
 問われて、は小首を傾げた。
「好きだったよ?」
「今は」
「今も好きだと思う」
「じゃあ、なんで」
 問われると、やはり正確な答えは言葉にならない。別れを切り出されなければ、おそらく今もは特に疑問を抱かず神威に寄り添っていたと思う。だが、神威が別れを望むのなら、自分もそうするのが良いように思ったのだ。
「わかるか、このスットコドッコイ」
 の不透明な理屈に阿伏兎は悪態を付いた。
 その優しさがただ嬉しかった。
「もう行くね」
 はにっこりと微笑むと、小さなスーツケースを片手に手をひらひらと振った。阿伏兎は始終、仏頂面のままだったが、おうと短く応え、痛いほどの強さでの肩をばしんと叩いた。
 麻痺したような感覚に、じんわりと染み入る痛みは、阿伏兎の優しさに満ちていた。
 じゃあ、と告げては搭乗口へと向かった。
 一度だけ振り返ると、人混みの中でも目立つ長身の阿伏兎がじっとを見つめていた。
「なぁ……、団長は本当は……!」
 大声で何かを叫んだのだと思う。
 だが、それは雑踏に掻き消され、わずかに届いた言葉も――――の心までは届かなかった。
 笑いながら手を降って、はゲートの中へと向かった。
 搭乗券を出して、シャトルの中へ入り――――
 なぁ、団長は本当は――――

 ふいに心が、揺れる。
 まるで階段を踏み外したみたいに、ガクンと縦にぶれて震える。
 振動に驚いて、状況をうまく飲み込めず呆けた顔の自分の事を、きっと物凄く間抜け面をしているのだろうと他人事のように思った。
 そんな風に思うのは、きっとその心の振動を主観的に捉えたくなくて――――ふいに心の内に逃げたのだ。




end


なんかこの二人は別れる瞬間も、
泣いたり動揺したり出来ないのような気がする。
ある意味、不器用なんじゃないかと。