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!CAUTION!
このシリーズには、狂愛、エロ、グロ、暴力的な表現が含まれます。
神威が病んでます。ヒロインが狂ってます。救いはありません。
ダルマ、四肢切断という言葉に嫌悪感を催される方は、閲覧をご遠慮ください。
問題のない方のみどうぞ。








































ソコナシ07





 推理と呼ぶにはあまりおこがましい。それは推測の域を出ず、ただそうであろうと想像を言葉にして語ったに過ぎないのだ。
 そして事実、それが本当であろうと嘘であろうとどちらでも良いこと。それを確認する手立てなどないのだし、確認したところで得られるものは一体なにか。
 おそらく冷たい床の感覚と、死に向かって冷えていく己の身体だけだ。
 だから、阿伏兎はそれを口にするのを嫌がった。
 それでもわざわざ言葉にし、丁寧に説明してやったのは、一月の間狂わず律儀に職務を全うしてくれたにもかかわらず、理不尽にクビを切らなければならなかった男への謝罪か感謝か何か思うものがあったからだろう。
 物事は至極単純である。
「そもそもこの部屋に入れる人間は三人しか居ない」
 阿伏兎は男の目の前で、指を三本立たせて見せた。声に合わせそれを一本ずつ折っていく。
「総監視役兼清掃員の俺、管理人だったアンタ、そして我らが団長様」
 それが謎なのだ。物理的な鍵なら時間をかければ合鍵を作ることは出来たかもしれない。だが、最後の網膜認証はどうやってくぐり抜ければいいのだろう。
 だが、阿伏兎は男の疑問を首を一振りして一蹴した。
「これを一端の事件だなんて思うなよ、名探偵。こんなモン痴話げんかに毛が生えたくらいの、犬も食わねぇバカ話だ」
「でも……」
「答えは見えてるじゃねェか。ここに入れるのは三人。で、俺もアンタもこの件は何も知らねぇ。なら答えは簡単だ」
「え?」
 男は思わず絶句した。
 残る一人は神威その人なのだ。
「え、でも、なんで……」
「だからわざわざ”なんで”なんて考えるんじゃねぇよ。あんなバカ共の思考なんて理解しようとする方がどうかしてるぜ」
 阿伏兎は心底嫌気が差したとでも言いたそうに、これ以上ないくらいに顔をしかめて言い放った。
 男には理解できなかった。合鍵でも、網膜認証を司るコンピュータへのハッキングでもなく、ただ阿伏兎の言葉通りとするなら、被害者は神威に招かれ神威に殺された事になる。だが、あれだけ他の男が近づく事を嫌っていた神威が、そんな愚かな真似をする理由があっただろうか。
 被害者に個人的に恨みがあった? 因縁があった? それならば、わざわざここへ連れてくる理由はなんだ? 珠玉のように大切にしている恋人に引き合わせる理由は?
 まったくもって分からない。彼は嫉妬だけで簡単に人を殺すような男なのに。
「分からんかねェ」
 阿伏兎はぽりぽりと米神の辺りを掻いた。一瞬何かを言いかけて、思案するような顔をしてから口を閉ざす。
「いや、やめとくか。正常な奴は正常なままこの船から降りた方がいい」
「そんな……途中で止めないでくださいよ」
「ダメだ、ダメだ。これ以上身内の恥は晒せねェよ」
 野良犬を追い払うような仕草で阿伏兎は手を振った。これ以上食い下がっても無駄か、と男が肩を落とし帰りかけたその時、
「だって、愛して欲しかったから」
 延々と繰り返されていたしりとりが止まった。
 驚いて阿伏兎と男が振り返ると、は焦点の合わない瞳を揺らめかせ笑んでいる。
「最初の人を殺した時、神威すごく怒ってたの。ちょっと話をしただけなのに。次の人は見ていただけ。その次の人は考えていただけ。それだけで殺してしまうんだよ?」
 くすくすと零れる微笑みに、阿伏兎は頭を抑えた。頼むから黙ってくれ、と心から懇願するような顔。だが、の言葉を止める術などない。
「神威の怒ってる顔、スキ。嫉妬でめちゃくちゃに歪んで、我慢も耐え切れなくなって、破裂するみたいに殺気が獲物に向かう瞬間。すごく、スキ」
 男の脳裏でバラバラになっていたピースが繋がり、その姿を現す。
 なんてエゴの塊だと、今ならば阿伏兎が口にするのを嫌がった理由が理解出来た。
「なんで……なんで、あなたがそんな事をさせて……」
 初めて意思が通じ合ったかのように、が男へ視線を向け、目があった。にこりと美しい笑みを浮かべて、狂気を露わにする。
「私は彼の手足は要らない。ただそれ以上のものが欲しい」
 男は閉口したまま、呆然と結晶に収まったベッドの上のを眺めていた。もはや関心を失ったのか、の視線は虚空を彷徨い、あの正気を失った言葉遊びが再開する。
「……ほうふく、くびづか、かるま、まっぷたつ、つちぐも、もうそう……」
 何を、とは男は問わなかった。阿伏兎もまたの存在を無視するかのように、無言で床にこびりついた血痕をこそぎ落とす作業に戻った。
 男は無言のまま阿伏兎に一礼し、そのまま部屋を後にした。
 船を降りるまで、誰とも口を利かなかった。ゲートをくぐる間際に、見知った青年が男の存在に気づき笑顔で手を振って来たが、男は軽く会釈を返すだけだった。
 早くこの船を降り、何もかも忘れたかった。あのオブジェのような少女も、手を振る青年も、男の目にはすでにとても醜く、禍々しいものに見えたのだ。こういう存在を自分の世界に許してはならないと、本能が警告を与える。
 最後に手を振りながら青年が何かを言った。脳が理解することを拒み、言葉は右から左の耳へと流れていったが、男の勘違いでなければこう言ったようだった。
「ありがとう。ようやくの口から”愛してる”って言ってもらえたよ」




end


物理的な支配と、精神的な支配って、後者の方が怖いと思う。
長らく続きをお待たせして申し訳ありません。
これにて「ソコナシ」完結です。
お付き合いくださり、ありがとうございました!