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!CAUTION!
このシリーズには、狂愛、エロ、グロ、暴力的な表現が含まれます。
神威が病んでます。ヒロインが狂ってます。救いはありません。
ダルマ、四肢切断という言葉に嫌悪感を催される方は、閲覧をご遠慮ください。
問題のない方のみどうぞ。








































ソコナシ05





 思わず口元を押さえ吐気を堪えた私を、神威は冷ややかな目で見ていた。
 どうせお前には理解できないだろうと、視線が告げる。
「分かる必要なんてないよ」
 柔らかな青年の声が言う。
 滔々と。朗々と。
「腕を引きちぎったら、けっこうあっけなく気絶しちゃったよ。足は寝てる間に取っちゃった。断面はうまく平らにならなかったから、工具箱のノコギリを見つけるまでそのままだったけれどね」
 私の足をどうするの? 腕を返して。いや、否、嫌、厭ぁ――――
 泣きじゃくりながら、ノコギリを片手に襲い掛かる男を見上げる少女の姿を想像した。男は唇に狂気をたたえたまま、どこか慈悲に近い優しげな瞳をしている。
 まるでこれが救いだとでも言わんばかりに。
 君を苛む思考などスイッチを切ってしまえばいい。そう言って、狂気へと、彼岸へと誘う。
 滂沱の涙で頬を濡らし、床に幾筋にも広がる流血の跡を眺めながら、少女の脳裏から生物として重要な何かが瓦解して消えていく。あまりにも多すぎる痛みと悲しみに、耐え切れなくなったそれは、ついに自らその役目を放棄し、物事を正しく知覚する機能を失った。
 そして、あの生ける彫像は生まれたのだろう――――
「必要ないんだよね」
 と、独り言のようにぽつりと。
「俺に噛み付く牙は許しても、逃げ出すような足は要らない。俺を抱きしめる両手ならいいけど、拒むような腕は要らない」
 そもそも、拒絶としう選択肢が存在しないのだ。この狂った兎たちの間では。
 少なくとも神威は、少女から拒まれる事などまったく想定していなかった。失念していたのでも、思い違いをしたのでもなく、拒むという行動を取った少女の方が間違っているのだと、恐ろしく理不尽な理屈で思いついたのだ。
 それはきっと完璧であるはずの機械の不具合のようなもの。そもそも想定されていなかった行動を取ったのが間違いなのだから――――それは直さなければ。正さなければ。
 腕や足をもいだのはただの手段であって、神威が本当に粉砕したかったのは自分を受け入れない少女の心だったのだ。
 だが――――
「それは正しかったんでしょうか……」
 思わず呟いてしまった私は、次の瞬間、はっと息を飲み込み死を覚悟した。私の言葉を耳にした神威が、目を細めて私を凝視していたのだ。
「どういう意味?」
「あっ、いいえ、申し訳ございません!」
「ございません、じゃなくてどういう意味?」
 追撃を逃れられない。私は妙案を思い浮かぶこともなく、思った通りの疑問をぼそぼそと口にする。
「いえ……理性と一緒に、大切なものを失くしてしまったのではないかと……」
「大切なものって?」
「その……愛情、とか」
「じゅうぶん愛してるけど?」
「いえ、ええと……その、彼女からあなたへの、です。勿論、今も愛していらっしゃると思いますけど、逃げ出そうとしたのは……なにか、愛情の裏返しのような……」
 神威の話を聞いた時に感じた違和感。なぜ彼女は、は神威の元を逃げ出そうとしたのか。
 私には白兎なる存在がどういったものかは分からない。だが、はそれを神威に殺されて怒った、悲しんだ。その反動で神威を拒んだ。
 だが、本当にただ嫌悪から来る拒絶であるならば、命を賭けた瞬間で、そこまで拒み続ける事が出来るだろうか。そもそも、彼に逆らうという無駄な選択を取っただろうか。理由も何も告げず、ただ彼の前から消えればいいように思う。の不満を知る権利すら彼に与えず、ただ一方的に、心を閉ざしてしまう事の方が残酷に思えた。
 だから、そうせず、激怒した神威から逃げず、むしろ正々堂々と対峙したのは、単なる嫌悪以上の感情があったのではないかと感じたのだ。
 それは私のような男やもめであっても簡単に想像できる、至極当たり前の感情。だが、神威にはついぞ届かなかった気持ち。
 彼を愛していたからこそ、は許せなかったのだと――――
 そのように想像するのはきっと容易い。
 だが。
 目の前の薄紅色の兎は、目から鱗が落ちたとでも言わんばかりの顔で私を見ていた。
 きっとそんな風に想像を及ばすことすら出来なかったのだ。それほどまでに神威の愛情――――と呼んでいいのか分からないが――――は深く、激しく、歪んでいて、まるで子供のように一方的にぶつける事しか知らなかったのだろう。
 相手も自分を愛していたなんて、知っているようで、きっと知らなかったのだ。
「そんなの」
 小さく呟いて、神威は己の口元を手のひらで覆った。何かそうでもしないと、予期せぬものが零れてしまうとでも言うように。
 それを堪え、彼は感情を消した無表情で続ける。
「知らないよ。俺は知らない」
 そう呟く様は、動揺を隠し、己の均衡を保とうとする、ごく普通の弱く、愚かな青年のように見えた。




end


当たり前のことさえ気づけない盲目。