死ねばいいのに02
団長不在の団長室でソファに腰をかけてゆるりと煙管をくゆらせる高杉と、仕事の資料を片手にそのドアを開いた。
視線の交差は数秒にも満たなかったが、互いに殺気をぶつけられた事と笑われた事を認識するには十分だった。
は仏頂面を益々しかめて、くるりと踵を返しかけたが――――
「俺が怖いか?」
高杉の挑発の言葉に足を止めた。
「はぁ? だ・れ・が、誰を怖がるって?」
そのあまりに素直な反応に高杉は再び笑みを漏らす。とてまんまと策略に引っかかった事は理解しているが、これで黙っていては夜兎の名が泣く。
「来いよ。世間話でもしようじゃねェか」
挑発に挑発を重ねるように、高杉は空いた方の手でポンポンと自分の隣を叩いてみせた。のしかめられた顔は、誰があんたなんかと、と拒絶を全面に押し出していたが、ここで拒否すればやっぱり俺が怖いのかなどと勝ち誇った顔をされる。
は意地と嫌悪感を天秤にかけ、逡巡の末、己の矜持を守ることにした。
ソファにぎりぎり座れる端っこには足を揃えて腰を下ろした。高杉の示した隣ではあるが、近寄るなという意思表示があからさまに込められている。顔も見ようとしない。頑なだ。
高杉はそんなの顔を面白そうに眺めていたが、ふいに手を伸ばし――――流れるような髪の房に手を差し入れた。
「何をする!」
驚いては身を引きかけたが、ソファに片膝をつきその分だけ高杉が間合いを詰める。
「いい色じゃねェか」
「は、」
「月みたいな死の色だ。お前のこの色は、誰に似た?」
サムライだった父親か、白兎だった母親か、それともその両方か――――
嘲る様に歪められた唇に、は双眸を険しくさせる。乱暴な手つきで高杉の手を払いのけると、押し殺した声で煩いと告げた。
「褒めてんだぜ? もっと嬉しそうな面しろよ」
「顔が笑ってる。それに、この色は……」
「恥か? 地球人に犯された兎がそんなに哀れか?」
言葉を選ばない高杉の物言いに辟易した。
確かにその通りだ。母は白兎と呼ばれる愛玩用の夜兎で、地球人の父に娶られ子を産んだ。
経緯はよく知らない。愛情があったのかなかったのか、すでに崩壊してしまった家庭の在りし姿を推測するのは難しい。
だが、仮に自分が生まれた理由に愛情に似た何かがあったとしても、夜兎が地球人に屈服した事を表すこの色がは好きではなかった。この色はにとって、ずっと蔑みの色でしかなかったのだ。
「あなたには……分かるはずがない」
夜兎からも人間からも蔑まれてきたこの色を。孤立し、道を失い、人を殺すことでしかたつきを立てる術がなかった事など。
「たりめェだ。他人の気持ちなんざ分かるはずがねェ。それとも……安っぽい同情や、適当な相槌が欲しいのか?」
可哀相になァ――――
至近距離で、歪めた唇から紡がれた言葉に、は瞬時に殺気を放った。指先が無意識に刀の柄に触れていた。
それを察し高杉はクククと喉を震わせて笑う。
「それでいい。飼われた兎? 地に堕ちた侍? 上等じゃねェか。飼い主を食い殺すくらいが、テメェには似合いだよ」
「何を勝手に」
のことを知らず、ロクに口さえ利いた事がないくせに――――
そもそもこの男は不躾だ。初対面の時から、毛色の変わった白兎だと好奇の眼で人を見、刀の振り方がなってねェと余計な口出しをする。
は侍が嫌いだ。高杉は父だった男とは顔も体格も似ても似つかぬが――――纏った空気がどこか似ている。
まだ父が侍だった頃の、全身で刀を帯びるような鋭利な空気。それを感じると心がざわついてしまう。はその空気が――――苦手だ。
「俺で良けりゃ、剣術を教えてやるぜ?」
にやにやと笑みを浮かべながら、高杉は己の刀の柄に指先を這わせた。
この指で剣を振るうのかと訝ってしまいそうな、繊細な指先。だが、始終気だるい空気を発していても、その奥に鋭利な刀身のような牙が隠されている。
強いのだろうな、と獣に近い本能で感じる。
今ここで私が刀を抜いたらどうなるだろう――――そんな夜兎の好奇心が胸の奥で首をもたげる。
だが、
「要らない。殺し方に正しいも間違ってるもないから。だから私はこれでいい」
の拒絶の言葉を予測していたように、高杉は喉の奥で笑った。
「だろうな」
分かっていたなら聞くな、とは睨み返す。
「ま、気が向いたらいつでも来いよ。刀振り回す白兎だなんて酔狂じゃねェか」
にとっての禁句をさらりと言葉に織り交ぜて、高杉は余裕の表情でふうっと紫煙を吐き出した。
は存分に高杉の顔を睨み付けてから、
「やっぱり死ねばいいのに」
と、自分が手を下せない悔しさを、言葉にして放った。
end
まだまだ恋にも至らないレベル。