死ねばいいのに
「あいつ……死ねばいいのに」
の唇から零れた不穏な台詞に、阿伏兎は驚いて肩眉を上げた。
普段、行動は兎も角として口調は穏やかなの口からそんな物騒な言葉を引き出すとは、一体あいつとは誰の事なのか。
あいつの正体が神威や自分であるならば、こんな回りくどい事はしない。黙って刀で斬りかかるなり、至近距離でマシンガンをぶっ放すなりすればいい。――――もっともそれで易々とやられてやるほど、自分たちは優しくはないが。
「あんだぁ? ご機嫌ナナメじゃねーか」
苛立ちを悶々と募らせているがなんだか可笑しくて、からかい半分で声をかけた。だって、とは子供が拗ねたような顔をする。
「あいつ嫌い」
小さく呟いて、視線を階下の展望室へ移す。それを辿るように阿伏兎も視線を放ると、神威の隣に色鮮やかな着流しを纏った男の姿があった。
なるほどねェ――――
高杉晋助とか言う地球人だ。夜兎の阿伏兎にとって攘夷志士とか言う輩と侍がどう違うのか良く分からないが、が嫌う理由は彼の腰にぶら下げた刀にある。
は侍が嫌いだ。
父親がその侍という人種だった。廃刀令を受け入れられず、酒で己を誤魔化し、母と自分を蔑ろにした男。高杉に父親を重ねているわけではないだろうが、あまり侍という人種に関わりたくはないようだ。
それなのに、妙にあちらが構ってくるからの苛立ちは募るばかりである。
「刀の振り方が悪いって煩い」
「まあ、そうだろうな」
剣術など知らない阿伏兎だが、の刀の使い方が間違っている事は明らかだ。本来であれば肉を断つべき武器を、投げ飛ばしたり、槍のように突き上げたりするのだから、まあ多少剣術に精通している者がいれば苦言の一つも漏らしたくなるのだろう。
「いい機会じゃねェか。ついでに正しい使い方ってのを教えてもらえよ」
からかうように言ってやると、は目を吊り上げて睨み付けて来た。
「冗談言わないで。殺し方にまでクチ出されたくない」
うんざりした表情で返すに、阿伏兎はん? と違和感を覚える。
「まで」と言うことは他にも何かあるのか。
機嫌の悪いに追求するかどうか思案していると、階下の神威がこちらに気が付いて手を振って来た。は首の高さまで手を上げかけて――――高杉の顔がこちらに向くと、それを止めた。
不機嫌を通り越していっそ殺気だっている様な顔でしばし高杉を見下ろすと、はぷいと顔を背けた。そして、そのままくるりと踵を返す。
「おい」
阿伏兎の声も無視して去っていく姿に、阿伏兎は腕を組んで首をかしげるばかりだった。
「あり?」
手を振り返してくれると思いきや、顔を背けて去っていってしまったに、階下の神威も首を傾げていた。
最近は大人しくしていたつもりだが、何か機嫌を損ねる事をしただろうかと記憶を手繰っていると、
「ありゃァ、お前ン所の兵隊か?」
と、隣りの高杉が興味深そうに尋ねる。
「そ。うちの頼れる化物姫サマ」
「一番の化け物が何言ってやがる」
高杉は薄く笑ったが、から向けられていた殺気になるほどなと胸中で頷く。の指先は刀身を手繰っていた。十メートルは軽く離れていただろうに、何か不愉快な事でもあれば、すぐに刀を叩きつけて来るつもりだったのだ。
もっとも、第七師団と共闘の体裁を取っている今、高杉に向かって下手な真似は出来ないとも理解している。だから、殺気だけで留めたのだろう。
いつでも殺せるから――――
そうメッセージを込めて。
クククと独り、喉を震わせて笑う高杉に神威は不満そうな視線を投げて寄越す。
「あんまりあの子にちょっかい出さないでもらえるかな」
飄々としたこの男には珍しい苦言である。
「あァ?」
「あの子、けっこう線細いんだよね。ナイーブだし。虐められると泣いちゃうかも」
泣き虫が殺気をガンガン飛ばしてくるかよ――――
言いかけて、そういうアンバランスさが確かに似合うなと納得する。
一方で軽々と人を殺すくせに、片一方で詰まらない事にぐじぐじと悩むような――――脆弱さが、真っ直ぐに向けられた殺意の裏に垣間見えた。
「どうだかなァ」
曖昧な返答で答えると、神威の不機嫌な顔が笑顔に変わった。何事かと高杉が訝っていると、
「変な事すると、殺しちゃうぞ?」
最大級の脅し文句が神威の口から飛び出したのだった。
end
「人斬り兎」の続きのような話。
神威も混ざって微妙な三角形。