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両手に花02





 なぜその日、白い服を纏ったのかと聞かれれば、きっと無意識に死装束を選んでいたと答えるだろう。
 身辺整理は済ませた。大切な仕事の引継ぎも終わらせた。パスコンのハードディスクも綺麗にした。クローゼットの奥に隠したお宝は、勿体無いが泣く泣く捨てる事にした。
 これでもう、準備は済んだはずだ。
 後はどんな最期が待ち受けていようと、自分はそれを迎え入れる覚悟が出来ている。
 あの後――――を帰らせた阿伏兎は、混乱する頭を必死に落ち着かせ、いくつかの未来をシミュレートしてみた。
 今回の一件。原因はもはや追究する意味があまりない。
 何があったにしろ結果は結果、この結果に対し言い訳できる理由が思いつかない。今出来るのは、どうすれば己が辿るべき破滅の運命を変える事が出来るか考える事だ。
 パターンその1。無かった事にする。
 そもそもは神威の恋人だ。あちらだってこんな事は神威に知られたくないだろう。
 ならば、酒の勢いだと忘れてしまう方が、お互いのためになるのではないか。そう思って軽く探りを入れてみたのだが、
『……遊びだったの?』
 と、今にも泣きそうな顔で、予想外の答えが返ってきた。
 女に泣かれると取り繕ってしまう男の情けなさで、咄嗟に適当な嘘で弁解すると、は目尻に涙を浮かべながらにっこりと微笑んだ。
 まずい――――このパターンは駄目だ。もしこのまま強行しようものなら、神威に殺される前にに殺されてしまう。
 では、パターンその2。口止めしてひた隠す。
 が何を考えているか分からないが、どうやら阿伏兎が無理やり関係を結んだわけではない事は、寝起きの反応から見ても明らかだ。ならば、阿伏兎が言い聞かせれば、自分からこんな事は公言しないに違いない。
 阿伏兎の読み通り、二人きりの内緒にしようと言うと、は素直に喜んで承諾した。嬉しそうに笑いながら指きりさせられたのは心配だが、が約束を破る事はないだろう。
 これでひとまず安心。寿命が延びた、と阿伏兎は安堵の吐息を漏らしたが――――すぐさま、脳裏に超絶殺人笑顔を浮かべた神威の顔を思い浮かべた。
 無理だ。無理だ無理だ無理だ。
 あの男に対して、殊の事に関して秘密を持ち続けるなんて不可能だ。
 あの男は鼻が利く。きっと阿伏兎の違和感を感じ取り、死ぬより酷い暴力を以って口を割らせようとするはずだ。
 そして口を割った暁には――――デッド・エンド。
 パターンその2も却下である。
 では、最後の選択肢、パターンその3はどうだろう。
 あえて隠さないが、すべては語らない。嘘と本当を入り混ぜて、先手を打つべく自分から話してしまう。
『参ったぜ、のヤツよォ。自分の部屋と間違えて俺の部屋で寝てたんだぜ。おかげで俺はベッド取られて、床で寝る羽目になった。ったく、若い娘が酒癖悪いってのも考えものだねェ。なあ、アンタからちょっと言ってやってくれよ。恋人だろう?』
 あえて恋人を主張する事で、自分が無害である事をアピールする策である。
 これならどうだと考えて――――やはり、行き着く先は同じだと悟り、阿伏兎は深いため息を付いた。
 仮に一夜の過ちがなかったとしても、が自分以外の男の部屋に宿泊した事実だけで余罪は十分なのである。
 駄目だ。これも俺は死んでしまう。
 では、どうすればいい。どうすれば不可避の死を逃れられる。
 どうすれば、この運命を――――





「俺が悪かった」
 阿伏兎は床に両膝を付き、額がこすれるほど低く叩頭した。
 背を向けるように立っている神威は、暗い宇宙を映す窓を眺めたまま振り返らない。その背中へ向かって、阿伏兎はただひたすら頭を下げた。
 もはや言い訳は無用。
 何を言っても、何を口にしても、きっと未来は変わらない。きっと自分は死ぬのだ。
 ならばせめて、男らしく受け入れよう。
 そう心に決め、阿伏兎は白い服を纏い神威の元へやって来た。
 目覚めたらがベッドにいたこと。自分は何も覚えていないこと。だが、間違いを犯してしまったらしいこと。
 いくら記憶がないとは言え、団長のオンナに手を出した。それは仁義に悖る行為に違いない。
 だから自分が潔く運命を受け入れよう。自分が強いと認めた相手に殺されるなら、それは夜兎にとって最高の死であるはずだ。
 だが――――一通りの口上を済ませた阿伏兎に対し、神威はずっと沈黙を続けていた。
 怒っているのか――――
 言葉さえ浮かばぬほどに激怒しているというのだろうか。
 一瞬、ぞくりと背筋を振るわせた阿伏兎だったが、神威の第一声は予想外に静かなものだった。
「ねえ、阿伏兎……覚えてないってホント?」
「ん? あ、ああ」
 今更、嘘をついても意味がない。阿伏兎は繰り返し今朝の出来事を詳細に語った。
 神威は背を向けたまま、ふうんと気の抜けた相槌を打つ。
 そして、
「じゃあ……俺の事も、覚えてないんだ……」
「は?」
 その時、阿伏兎はきっととても間抜けな顔をしていただろう。
 だが、神威はそんな事など気にせず、更に阿伏兎の顔を間抜け面にさせるような事を言ってのける。
 そう。くるりと振り返った神威は、どこか余所余所しく視線を反らしたまま伏せ目がちにして、
「俺……初めてだったのに」
 ぽっと頬を染めた上司の前で、阿伏兎は更なる間抜け面を晒したのだった。




end


死を覚悟した阿伏兎に告げられた、更なる真実。
まさかの二人斬り。