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両手に花





 年の瀬の迫る師走の頃――――
 いくら銀河を巡る宇宙海賊と言えど年の瀬が近くなるとそれなりに感慨深くなるわけで、いつの頃から始まったのか知らないがここ春雨第七師団でも忘年会という年末行事が慣例として行われる。
 と言っても、どこかの狗団長の率いる第四師団とは違って、手頃な星に停泊して座敷を上げてドンチャン騒ぎ――――と言うわけではない。それに比べれば派手さも女っ気もなく、強調されるのは食い気ばかりだ。艦内でささやかに開かれるそれは一見質素に見えなくもないが――――まあ、どうせ夜兎など色気より食い気だ。たらふく飯が食えれば文句も言うまい。
 それに――――
 阿伏兎がちらりと視線を放ると、最上座に座る神威はいつものようにニコニコ笑いながら、山盛りに皿に盛り付けた飯を口いっぱいに頬張っていた。その隣りでがまるで母親か嫁のように、あれこれと世話を焼いている。
 一番機嫌を損ねると面倒なのが、ああしてを侍らせて機嫌良さそうにしているのだから、これはこれでいいのだろう。
 なんとも安上がりな宴会だが、師団の財布の紐を握る身としては大助かりだ。
 そんな事をぼんやり思いつつ、阿伏兎は手酌で注いだ酒をくいっと飲み干した。
 と、
「阿伏兎」
 杯が空になったのに気づいたのか、が徳利を手にして隣にやって来た。
「お疲れ様」
 傾けた徳利の先からとくとくと酒が注がれる。
「おう、悪ィな」
 礼を言い、ぐいと仰ぎ飲む。同じ酒のはずだが、やはり注がれる酒は旨いものだ。
 空になった盃にが酒を注ぎ、そんなやり取りを繰り返していると、独占するなと言わんばかりに神威が自分の猪口を突き出してきた。
、俺にも」
 並々注がれたそれをぐっと仰ぎ飲み、どうだと言うように神威が挑発的な笑みを向けた。
 どうやら張り合うつもりらしい。
「やれやれ、困ったねェ。オジサン、酒はほどほどにって医者に言われてんだけどなァ」
「じゃあ、お前の負け?」
「いやいや。上司の酒は断れないでしょ」
 そんな軽口を叩きあいながら、二人してぐいぐいと酒を飲み干した。
 やがてその輪にも加わり、三人して徳利を回すように飲んでいたのだが――――





 軽い頭痛で阿伏兎は目覚めた。
 ぼんやりとした意識の中に、自室の天井が入り込んでくる。
 一体いつの間に眠り込んだのか意識が無い。そもそもどうやって部屋に戻って来たのかも覚えていない。
 結局、自分は勝ったのだろうか。それとも神威にしてやられたのか――――ずきずきと疼く米神を押さえながら、阿伏兎はふうっと息をついた。
 そこでふと、目の前に生えた見慣れないものの存在に気づく。
 ベッドの中からにょきりと伸びた細い腕。
 自分のものではない――――というか、阿伏兎には腕は一本しかない。
 では、これは何だ。
 一瞬ワケがわからずぱちぱちと瞬きを繰り返していると、腕の先の膨らみがもぞりと動いた。うん……、と鼻にかかるような声を上げて、それが寝返りをうつ。
 蛍光灯の下に晒された白い肩など見覚えが無い。だが、この月の色のような銀髪は――――桜色の艶やかな唇は。
「う……そ、だろ……」
 阿伏兎は呟くと、すぐさまベッドの中の自分の下半身を検めた。
 何も穿いていない。
 俺の服はどこだ!? っつうか、コイツも着てないのか? 腕見えてるし、肩見えてるし、これってあれ? え、ちょっとま、え?
 動転して思考がうまく繋がらない。
 ベッドの上に全裸で横たわった男女が一組。それが表す意味が分からない。
 もしかしたらドッキリなんじゃないか、と祈るような思いでカメラを探す。もしくは、艦内のエアコンがぶっ壊れて凍えないように人肌で暖めていたとか、と突拍子も無い事を考える。
 とにかく正しい思考回路を辿っては駄目だ。その先には破滅しかない。その先に待ち受けるのは、絶望と死と破壊と、殺人的な笑顔を浮かべるあの男しかいないのだ。
 考えろ! いいから、何でもいいから、考えろ阿伏兎――――!!
 そう自分を叱咤激励した瞬間、ぱちりと長い睫毛で縁取られた紅い双眸と目が合った。
 まだ眠気の残るとろんとした瞳が阿伏兎をじっと見つめたかと思うと、
「おはよう、阿伏兎」
 少しだけ恥ずかしそうに、はにかむような笑みを寄越したのだった。
 あ。俺、終わったかも――――
 その瞬間、阿伏兎は破滅の先を覚悟した。




end


季節外れの忘年会ネタ。
お酒はほどほどに。