凶月を抱く03
手で締められたような痕をこれ見よがしに首につけて現れた神威に、予測していたとはいえ阿伏兎はため息を付かざるを得なかった。
の姿は見えないが、恐らくあちらにも似た様な鬱血した痕が残っているのだろうと思うと、再びのため息が込み上げる。
「なんだよ、阿伏兎。ため息ばっかりついてると、長生き出来ないよ」
「ため息の原因がなに言ってやがる、スットコドッコイ」
だいたいあれだけ近づくなと言ったのに、忠告を綺麗さっぱり無視した事から腹立たしい。
確かに満月の晩におかしくなるの性癖にも困り物だが、それは一過性のものなのだ。
は純粋な夜兎ではない。
だから、普段の彼女は他の夜兎に比べるとそれは大人しいものなのだ。無駄に殺そうとはしないし、争おうともしない。頭に血が昇り、殺し尽くすという事も滅多にないのだ。
それが、一月に一度だけ、箍が外れるように抑えが効かなくなる夜がある。
普段、抑えこんでいるだけ、その時のは凶暴だ。血と暴力と死の匂いに酔っている。
餌食にされた者は災難だが、そもそも助平心を出してに近づいたのが悪いのだし、それは自業自得としておこう。
ともかく、にも夜兎の破壊衝動を抑えられなくなる夜があるのだから、そんな夜は放っておくに限る。くれぐれもアンタは近づくなと忠告したつもりだが、このコンチクショウはそれを清々しいほどきっぱりと無視してに会いに行ったのだ。
そして、その結果が――――殺し合ったようなこの鬱血の痕。
お互い生きて帰って来ただけでも上出来といえばそうだが、危険すぎる賭けだろう。
が本気になれば、神威とて手加減をする余裕などなくなる。行き過ぎれば、逆に神威がを殺してしまう可能性もあったはずだ。
「ったく、何やってんだか」
阿伏兎はがりがりと頭を掻き毟った。
どうせは昨日の事などたいして覚えていまい。あれは、夢遊病患者のようなものでしかないのだ。
「だから、アンタがどんだけ止めようとしたって無駄ってこった。どうせ、次の満月がくりゃ、またフラフラ出ていっちまうんだろうよ」
そして別の男を屠るのだ。一夜限りの渇きを潤すように。
だから放っておけと、阿伏兎は言ったつもりだった。今度こそ、どちらかが腕の一本や二本、失う事にもなりかねないのだ。
だが、神威はその顔に笑みを浮かべると、
「ごめんだね」
「あぁ?」
「他の男をに殺させるなんてとんでもない」
他の男など、殺される事すら許したくない。触れる事も、言葉をかわす事も、あの月下に佇む妖しく美しい姿すら、見せたくはない。
「が殺していいのは俺だけだよ。俺は以外の全員を、殺すかもしれないけどね」
阿伏兎はあまりにも途方のない神威の悋気に絶句した。
この男は涼しい顔をしているくせに、恐ろしいほど嫉妬深いのだ。そのくせ独善的で我儘。殺意や暴力ですら、自分以外に向けられるのを厭うとは。
阿伏兎はため息を漏らすと、勝手にしやがれ、と言い放った。
「いつか喉を食い千切られても知らねーからな」
悔し紛れにそう付け足すと、神威はにこりと微笑んで、
「その時は俺もの喉元に噛み付くことにするよ」
とんだバカップルだと呆れ返って、阿伏兎は早々に退散したのだった。
end
やっぱりどこか歪んだ愛情。
これにて「凶月を抱く」シリーズ完結です。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました!