凶月を抱く02
一月に一度、妙に渇く夜があるのだそうだ。
荒廃した廃墟の中に独り取り残されるような、殺伐とした心地。食欲と、睡眠欲と、性欲と――――そして、どうしようもない破壊欲に支配される。
それはどこか異性への欲情に似ている。
普段見せないような媚態を尽くし、男を誘っては恍惚の内に殺す。
悪い性癖に違いは無いが、朝日と共に本人の記憶は擦れてしまう。だから、当人にとって悪い夢くらいにしか認識されていないのだろう。
そんなの悪い癖を阿伏兎から聞かされた時、神威の心を支配したのは興味と嫉妬の二つだった。
がどんな風になるのか見てみたいという反面、他の男を誘ったのだと知って嫉妬した。たとえ男達が最終的には殺されてしまうにしろ、に求められて、欲の対象となった事にはらわたが煮えくり返った。
どんな風に誘って、求めて、喰らったのか――――知りたい。
期待と落胆がない交ぜになったような心地で、神威はその夜、満月の下に立った。
月光を浴びたは幻想のように現実感がなく、夢のように美しかった。煌々と輝く紅い瞳が、宝石のように煌いて心を奪う。柔らかな指先に触れられ、脳の奥がじんと疼く。
嗚呼、欲しい――――
こちらまで欲に支配されてしまいそうな、危うい存在。
妖艶に笑んで、囁かれ、その熱と欲を共有する。
「俺と踊ってよ」
挑発に挑発で返すような、蟲惑的な眼差し。
「あなたが上に? それとも下に?」
「どちらでも」
ふふふ、と笑んで、が神威の上に馬乗りになる。焦らす様に指先を這わされ、神威の中の熱が跳ね上がる。
このまま押し倒して、穿ってしまいたくなる衝動に耐え、神威はに身を委ねた。
「神威を……ちょうだい?」
強請るような甘い声に、背筋がぞくぞくと震えた。闇の中に引きずり込まれそうな底知れない魅力に、ごくりと唾を飲み込んで、
「いいよ。俺は全部、のものだよ」
が嬉しそうににこりと笑む。だが、その瞳に爛々と狂気にも似た欲望の光が集うのを、神威は見逃さなかった。
「うれしい。これで神威は私のもの」
刹那、のすらりと伸ばした手刀が神威に向って振り下ろされた。それを寸での所で防ぐと、ガードした腕からばっと血の華が咲く。はひときわ嬉しそうにくすくすと笑みをこぼす。
闇が深まるように、狂気がどんどん濃くなる――――
だけではない。自分もだ。
のちらつかせる破壊衝動が、自分の胸の奥の闘争本能を刺激する。
「ああ。だからの身体も俺にちょーだいよ」
神威はニィと唇を愉悦に歪めると、思い切りの身体を後方に跳ね飛ばした。自由になると共に反動をつけて立ち上がると、呼吸を整える隙もなくに向って突進する。
は上空を落下しながら、冷静に神威との間合いを計算すると、その軽やかなチャイナドレスの裾先から鋭い刃を放った。
槍、刀、剣、クナイ、鎖鎌――――一体あの布越しにどうやって持ち運んでいたのかと疑問に思うほどに、幾つもの刃が神威を襲う。神威は疾走しながらそれを打ち落とし、落下するの間合いに飛び込んだ。
逆さまに落ちると、地を蹴った神威の視線が混ざり合い――――宙で交差すると共に、伸ばされた攻撃がぶつかり合った。
一瞬、重なった力は互角にも思えたが、やはり神威の方が上手だった。の伸ばした匕首は、刃ごと神威に粉砕され、は痛手を受けて地面に着地した。
ぽたり、ぽたりと、指を伝って零れ落ちる鮮血を、は詰まらなそうな顔で見つめる。
「自分の血で潤うなら、こんなコトしなくてこいいのに」
だが、それでは駄目なのだ。
己の血では、満たされない――――
「ひどく……渇くの」
は滴る血を拭おうともせず、ゆっくりと神威へ歩み寄る。
「欲しい。欲しい。欲しい。殺したい。穿ちたい。壊したい。大好きなのにどうして――――こんな気持ちになってしまうんだろう」
ねえ? は同意を求めるように尋ねると、瞬間、神威の喉元を狙ってクナイを放った。すぐさま片手で打ち落とされるが、その瞬間にはの姿は消えていた。
咄嗟に振り返り防御の構えを取ったが、の動作の方が一足早く決まっていた。
は足払いをかけると、その場に神威の身体を引き倒し、馬乗りになった。
煌々と輝く満月と、の血の色のような紅い瞳が、神威を見下ろしている。
「ねえ、私達は呪われているのかな? 滅ぶべき種族なのかな?」
種の存続さえ危うくさせる闘争本能。
神威の渇きが自分以上の強者の血でしか潤せないように、の渇きも愛する男の血でしか潤す事が出来ないのだ。
「神威のコトが好き。好き。好き。殺したい。好き。壊したい。好き。好き」
ぽたり、と神威の頬に雫が落ちる。の紅い双眸から流れる涙が、神威の頬を濡らした。
「あなたの全てが欲しい。命が欲しい。血の一滴まで欲しい。大好きなのに……大好きだから、あなたを――――殺したい」
は切羽詰まった顔で、神威の首に両手をかけた。
指先が震える。力がこもらない。
まるでその手を促すように、神威の手がの手の上に添えられた。
いいよ、と優しく微笑んで、
「になら、殺されてもいーや」
だから、と笑いながら、神威の指先がゆっくりろの首にまとわりつく。
「俺にもを殺させて?」
end
夜兎って強ければ強いほど、相手を倒せるかどうかを常に考えていそうです。
家族や恋人への愛情はあるけれど、
それとは別にどこかで冷静にそんな事を思っているかも。