凶月を抱く
一月に一度、妙に渇く夜がある。
荒廃した廃墟の中に独り取り残されるような、殺伐とした心地。
壊しても、崩しても、空しい破壊音がするだけで、妙に心がざわめく夜。
そんな夜は、ひどく渇いてしょうがない。
食欲と、睡眠欲と、性欲と――――そして、どうしようもない破壊欲。
それに脳の中が支配されて、狂おしいほど枯渇する。
そんな夜。
「眠れないの?」
背後から声をかけられ、はゆっくりと振り返る。
夜風に舞う薄紅色の髪。細められた空色の瞳。
「眠れないなら俺と踊ってよ」
差し出された手の平を、冷ややかな目で見返す。
いつもは大好きなこの微笑が――――今はとかく忌々しい。
はふいっと顔を背けて、再び視線を頭上の満月に戻した。
「構わないで。今日は気分が悪い」
拒絶の言葉を吐いたのせは、せめてもの優しさだ。とて――――神威を屠るのは本意ではない。押さえがたい破壊衝動に耐えて、あえて素っ気無く応じた。
だが、背後から神威の気配が消える様子は無い。
それどころか、真後ろに歩み寄る。
「今日の、いつもと違う」
背後から抱きすくめられて、は目を細める。
首筋に柔らかい感触。熱い吐息が絡みつく。痕をつけるように、神威の唇がうなじを這った。
こちらの気を知って挑発でもしているのか――――
はくるりと振り返る。
神威と目が合う。柔らかな微笑み――――その笑顔に、どきりと胸が高鳴る。
の細い指先が神威の頬に触れた。その手の上に、神威が自分のそれを重ねる。
「今日の、すごく綺麗だ」
の手を取って、指先に口付ける。それだけで、の胸の奥でちりちりと火花が散る。
「ねえ、俺と踊ろう」
誘うような言葉に、鼓動が早くなる。
ざわざわと騒ぐ血を全身に感じながら、は咄嗟に神威の身体を押し倒していた。
白いツキミソウの花が散って、じゃれあうように二人倒れ合う。
神威の挑発するような視線が、下からを見上げてくる。それに応えるようには唇に笑みを浮かべた。
「あなたが上に? それとも下に?」
「どちらでも」
その答えに、は紅い瞳を細めて笑った。
顎から首へ、喉の上をなぞり、の指先が神威の鎖骨、そして胸板へと這わされる。
嗚呼、欲情している。自分は欲に支配されている。
そんな事を、どこか遠くで思う。
神威の内なる力に魅せられるように、この男を欲している。触れたい、繋がりたい、食べたい、屠りたい。
「ねえ、神威が欲しい」
誘うように耳元で囁いて。
「神威を……ちょうだい?」
強請るように吐息を吹きかけて。
顔を寄せると、神威は応えるように唇を合わせた。普段の彼女からはとても考えられないほど、は積極的に繋がろうとする。舌を絡ませ、かぶりつく様に吸い付いて、淫靡な水音をさせるのも厭わず神威を一心に求めた。
そして、ようやく唇が離れ、二人の間を濡れた銀糸がつなぐと、
「いいよ。俺は全部、のものだよ」
承諾の言葉を受け、は嬉しそうににこりと微笑んだ。
だが、その瞳は爛々と狂気にも似た欲望を湛えたまま、
「うれしい。これで神威は私のもの」
微笑んだかと思うと、次の瞬間、のすらりと伸ばした手刀が、神威を穿っていた。
ばっと派手な血の華が咲いて、はひときわ嬉しそうにくすくすと笑みをこぼす。
指先を滴る血をぺろりと舐め上げて、
「嗚呼、美味しい――――」
end
本能が呼び覚まされる狂気の夜。