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 真夜中に女の団員を連れて来いと、神威に叩き起こされて、阿伏兎の脳裏には何人かの候補の顔が浮かび上がった。
 男ばかりの第七師団だが、まあの例もあるように、女が一切乗っていないというわけではない。だからリクエスト自体に答えるのは難しい問題ではないのだ。
 だが。
 リクエストのその先を考えてみるとしよう。神威はすごい汗だと言っていた。着替えが必要だとも。
 つまり、女を呼ぶという事は、の着替えをその女にさせるという事だ。
 そうなると若干、候補の顔ぶれが怪しくなって来る。
 とりあえずビアンは駄目だ。純粋な看病ではなく、いやらしい目でを見かねない。
 では、食堂勤めの団員はどうかと考え、それも駄目だと考え直す。確かあいつは口が軽かった。もしの身体的特徴でも漏らそうものなら――――阿伏兎とて女を殺すのは不本意だ。
 そうしてうんうんと考えて、すでに二分経過してしまった事に気が付いた。
 まずい。左手はとうに無いと言うのに、この上右手まで持っていかれてたまるか。しかも足りない分は足を寄越せと言いそうじゃないか。
 阿伏兎はぶるぶるとかぶりを振ると、一番最初に候補から除外した女を呼ぶ事にした。
 この場合、一番適任者ではあるが――――一番、危険な人選でもある。
 百合の気がないとも言い切れないが、あの女の場合、危険なのはもっと別のこと。
 そう。あの女は神威がに焦がれるように、の事を、切って、切って、切りたくて――――仕方がないのだ。




風邪引きサン06





 ベッドの上には苦しそうな呼吸を繰り返すが横たわり、その前のスツールには例の女医が座って脈を測っている。神威は壁際に立ち、腕を組んでその光景を眺めているが、機嫌が悪いのは一目瞭然だ。
 大丈夫なのかと阿伏兎はハラハラしながらも、とばっちりを食わないようドアの前から動かなかった。
 分かっていると思うけど――――
 徐に神威が口を開く。
「変な事したら殺すから」
 バキッと彼の右手が不穏な音を鳴らした。
 だが、女は眉根ひとつ動かさない。さすがに肝が座っている。
「あとの身体的な特徴、状態、その他、に関する情報を第三者に漏らしても殺す」
 なんだそりゃ。
 阿伏兎は呆れてため息を付きそうになった。
 どこまで徹底しているのか。そもそも自分は大丈夫なのだろうか。そんな脅しを受けた事はないから、それ相応には信用されているのかもしれない。……まったく嬉しくはないが。
 女は神威を無視していたが、やがてそんな事しません、と低い声で答えた。
 脅しに屈したのかと阿伏兎は少し驚いたが、
「なぜ私がそんな貴重なデータを他人に公表するのです? 馬鹿にしないで下さい」
 大いに残念な回答だ。本人は自称生物学者としての矜持を、傷つけられたとでも思ったのだろう。
 だが、女がを貴重なサンプルと思っているのなら、それは逆に安心していいのかもしれない。第三者に情報が漏れる事はまずあり得ない。神威にとっては、その執着は逆に腹立たしいものでしかないのかもしれないが。
「じゃあいいから、さっさとやっちゃってよ」
 神威が不機嫌に言う。
 女は黙っての上着に手をかけ――――ふいに二組の目がこちらを向いた。
「お前はいつまでそこに居るの?」
「処置の邪魔です。素人は出て行ってください」
 厳しい声が同時に降りかかる。
 二人して自分の苛々を俺にぶつけて来やがった。
 もう、どうにでもなりやがれ――――と、阿伏兎は泣きたい気持ちを堪えて、静かに外へ出た。





 目の前に露わになった透き通った肌に、女は眼鏡越しの瞳をわずかに見開いた。
 雪のように白い肌は滑らかで、あれだけの戦闘を繰り返していると言うのに傷跡一つない。女性らしい膨らみが緩やかな曲線を描き、くびれた腰を越えて体毛の薄い下腹部へと繋がる。
 ――――と。
 突如、天井の灯りが落とされた。ベッドサイドのライトだけをつけた薄暗い暗闇が、部屋を包み込む。
 何をするのだと咎めるように神威を見やると、彼は依然として不機嫌な顔で、
「着替えさせるだけなら灯りなんていらない」
 と。
 神威の悋気に腹を立てながらも、女医は黙って手ぬぐいを手にした。
 首筋から鎖骨。胸。両腕。腰。腹部。両足。背中。そして――――
「おい」
 下着に手をかけかけて、神威が低い声でそれを制止した。
 至極普通の流れでそうした女医は、何を邪魔するのかと顔をしかめる。
「汗かいてますよ。換えた方がいいです」
 それは、そうだろう。
 寝込んで二日。昨日は軽く上半身を拭いた程度だ。
 汗をかいて気持ち悪くて仕方ないに違いない。
 だが、それを許すのはたとえ女でも、相手がをただの珍しい生き物としか思っていなくても、抵抗があった。
 だが――――数秒の間、無言で牽制しあって、やがて神威が折れた。
 じゃあお前がやるかと言われても、自分には無理だ。
「変な事するんじゃないよ?」
 と念押しすると、女は馬鹿にするようにふんと鼻を鳴らした。
 神威の葛藤に反して、女の手際は驚くほど良かった。てきぱきと、何の感情も挟まないただの作業である。
 てっきり下着の下まで好奇心でじろじろと観察するのではと懸念したが、外見にはあまり興味がないらしい。あくまでより強い興味をもっているのは、身体の“中身”なのだ。
「ん……っ」
 腰周りを手ぬぐいで丹念に拭かれて、がわずかに声を漏らした。
……?」
 意識はない。だが、反応はしている。
「ぁ……や、ぁ」
 甘く漏れる嬌声。まるで雄を求められているようで、ずくりと下半身が重くなった。
 一体何をしているのだ。どこ触ってんの、と険を含んで尋ねると、
「女性器ですけど」
 恥ずかしげもなく答えが返って来て、逆にこちらが恥ずかしくなってしまう。
「お前っ……」
「清潔にしておかないと尿路感染や膀胱炎になりますよ」
 私は医師です――――
 そうきっぱりと断られると、医療に対しずぶの素人である神威は口など挟めない。
 逆にただの処置にいやらしい感情を抱くなと、咎められたような気になる。
「ん……はぁ……っ……かむ、い……」
 どんな夢を見ているのか知らないが、荒い呼吸に混ざって名を呼ばれると、それだけで頭がおかしくなってしまいそうだ。
 甘ったるい声が耳の中で飽和して、ついに神威はドアの方へと向かった。
 ちょっと出てくると短く告げると、女は何も言わなかったが――――わずかに、唇に笑みが浮かんだような気がした。
 ドアの外には、手持ち無沙汰にしつつも、黙って戻れなくて途方に暮れていた阿伏兎が、壁に寄りかかるようにして立っていた。
 終わったのか? と、そんな事を聞かれた気がする。
 だが神威は答えず、つかつかと歩み寄ると――――
 ガスッ。
 問答無用で拳を顔面に叩き込み、切羽詰った吐息を漏らしたのだった。




end


普通、風邪ひいたくらいで、そんな事までしないと思いますが……
阿伏兎が可哀相な目にあうのはデフォです。