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風邪引きサン





「とりあえず理由を説明しやがれ、このスットコドッコイ」
 右の鼻腔から鼻血をぼたぼたと垂れ流しながら、阿伏兎は目の前で彼の血の付着した拳をぐっと握り締める神威を睥睨した。
 出会いがしらに問答無用の右ストレート。
 いくら理不尽な団長とは言え意味が分からない。
「イラついてたから?」
「オイ。いくら団長でも殴るぞ、コラ」
 理不尽に理不尽を重ねる神威の返答に、阿伏兎は顔を険しくさせる。
 やろうっていうなら上等だと言わんばかりに、神威がにやりと笑みを浮かべたが、彼らの剣呑な空気は一人の少女の声で霧散する。
「ん……阿伏兎?」
 ベッドに横たわったが、寝起きのとろんとした眼差しを向けて来た。
 取り合えずここでやるのは避けるべきだ。
 阿伏兎は何事もなかったような顔をすると、粥を乗せた銀のトレイをベッド際のサイドテーブルに乗せた。
「熱、まだ下がらないのか?」
「ん……」
 顔が赤い。熱に浮かされ目は涙ぐんでいるし、呼吸もずっと苦しそうだ。
 つい子供にやるような感覚で、額に手を乗せて熱を測ろうとしたら、から見えない箇所で思い切り足を踏み付けられた。
 笑顔だが――――触るな、と神威の目が告げている。
「ごめんね……。二人とも……忙しいのに」
 神威の恐ろしい牽制など露知らず、はケホケホと咳をしながら熱っぽい目で二人を見た。
 普段見せる勝気でツンツンしたと違い、今は大人しく不安げだ。
 弱ってるも可愛いじゃねェか、とぼんやりと阿伏兎が考えていると、何故かもう一度、神威に思い切り足を踏み付けられた。しかも、ぐりぐりと足の指を粉砕せんほどの力で。
 コイツ、エスパーか、と阿伏兎は慄いたが、それを無視して神威はベッド際のスツールに腰かけると、気にしなくていいんだよ、と優しげな顔で微笑みかける。
「仕事なんて阿伏兎にやらせておけばいいんだから」
 さらりと言いのけた神威。
 一瞬、突っ込みたくなるのを懸命に喉元で押しとどめ、そもそもが病気だろうがなんだろうが団長は働かねェじゃねェか、と自分を慰めた。惨めだ。
 の額から手ぬぐいを取ると、神威は腰を浮かせコツリ、と自分の額を合わせた。
 触れ合ったのはたった数秒。
「まだ熱いね」
 再びスツールに腰掛けて、そう呟いた神威の顔は、まるで熱が伝播したように赤かった。
 サイドテーブルに置いたタライで手ぬぐいを漱ぎ直して、それをの額に乗せなおしてやる。はほうっと熱っぽいため息を漏らしてから、伸ばされた神威の手に自分のそれを合わせた。
「神威の手……冷たくて気持ちいい……」
 呟いて、擦り寄るように頬を寄せる。
 神威は無言だったが、一瞬ぴくりと彼の肩が震えたのを阿伏兎は見逃さなかった。
「……ごはん。一人で食べられる?」
 半ば強引に話題を変え、神威は粥を乗せたトレイを手にした。
「ん……」
 は上半身を起こし、スプーンを持とうと手を伸ばしたが、指先はふらふらとトレイの上を這うだけだ。
 無理だろう。意識が半分混濁しているのだ。
 手伝ってやろうかと身を乗り出しかけ――――神威の牽制を恐れ、阿伏兎は虚空で手を止めた。
「俺が食べさせてあげる」
 神威はトレイを自分の膝の上に乗せると、スプーンで粥を救い上げ、ふうふうと息をかけた。口元に運ぶと、わずかに開かれた唇の間に差し入れる。その単純な動作を繰り返すだけの行為だが――――何故か神威は徐々に無言に、表情も固くなっていく。
 阿伏兎は訝った。
 心配ではあるが、それほど重病と言うわけではない。ただの宇宙風邪だ。普通の夜兎なら子供くらいしかかからないが、は不完全な夜兎だからウィルスに負けてしまったのだろう。船医の説明も簡潔で、決して悲観するようなものではない。
 なのに――――何故、我等が団長様はあの無敵な笑顔を保てずにいるのだろう。
「お水……ほしい」
 何口か粥を食べてから、が水を欲しがった。
 神威はスプーンを引っ込めて、サイドテーブルに載ったペットボトルを手に取った。キャップを外し口元に運んでやると、ペットボトルの底を傾けて透明な水が流れる。
 の白く細い喉が、こくんとわずかに上下した。
 飲みきれなかった雫が唇の端から零れ落ち、首筋を滴り落ちる。
 鎖骨近くまで流れたそれを、神威はタオルで拭ってやると――――
 ガタリ。
 突如、スツールを蹴り上げるような勢いで立ち上がった。
「神威……?」
 の不安そうな眼差しに、神威はあくまでいつもの笑顔で、
「……ごめん。ちょっと用事」
 にこりと微笑んで、手の上のトレイとペットボトルを阿伏兎に押し付けた。
 変な事するなよ、必要以上に触るなよ、とから見えない位置で存分に睨みつけてから、神威はすたすたと部屋を出て行ってしまった。
 一方的に押し付けられたそれと、の不安げな顔の前で、阿伏兎は大いに困ったのだった。




end


風邪引きヒロインと神威兄ちゃん。
いつにも増して溺愛です。
そして阿伏兎が可哀相な目にあいます。