「正しい兎の保健体育」と直接的な関係はありませんが、同じ夜兎族についての捏造設定、当サイトオリジナルの白兎設定を使ってます。
問題ない方のみお進みください。
悲しい兎の保健体育04
「しかし、俺はけっこう意外だったがなァ」
無精ひげの生えた顎を撫でながら、阿伏兎が呟いた。
「なにが?」
「アンタが今もそうしてる事にだよ」
そう言って、顎先で神威の方をしゃくって見せる。
膝上のの髪をまるで愛猫でも撫でるような手つきは、優しさに満ちている。
白兎の実態を知ってからも、神威のに対する態度に変わりはなかった。適度に優しく、適度に乱暴で、そしてどうしようもない執着に満ち満ちている。他の男が近づいただけで、相手を半殺しにするような嫉妬心は彼らしくもあるが異常だった。
「疑った事はないのか? アンタのそれ、毒されてるだけかもしれないって」
愛情と呼ぶには形がいびつだが、神威のへの気持ちは一途である。
だが、白兎の話が事実ならば、それはすべての性質がそうさせているだけに過ぎない。二世であるはもしかしたらオリジナルより劣るのかもしれないが、それでもその性質は失われていないだろう。
視覚、聴覚、嗅覚から摂取された麻薬物質が、神威の脳を支配し、恋愛感情に似た何かを感じていると錯覚させているだけなのかもしれない。
その仕組みを知った瞬間、支配関係は実は間逆である事に気づかされる。
支配しているつもりが、支配させられている。
執着、愛情、嫉妬、独占欲――――そんな言葉で置き換えられる様々な感情の鎖によって縛り付けられる。
だが神威は阿伏兎の予測に反して、何だそんな事か、と肩をすくめた。
「もしが女王様みたいな顔で俺を操っている気でいるなら、腹も立ったかもしれないけどさ。でも、見ての通りは自分の身体の事も良く知らないみたいだし。良く分からないけど俺に苛められて喰われてる。で、それを愛情か何かだと思ってる。ならそれで、俺はべつにいいよ」
「そんなモンか?」
「考えても仕方がない事に時間を使ったて意味ないよ。自分の頭まで疑いだしたらキリがない」
そういう物なのか、阿伏兎は笑みを作っている神威の顔を見つめながら思った。
そしてふと思い当たる。
これは雄にとっても迷惑な話だが、白兎にとっても十分に迷惑な話だな、と。
飼い主に盲目的に従う生粋の白兎と違って、二世であるは精神的には常人と同じである。つまり、発情期の雌と同じように、気持ち的には勝手に男に付きまとわれる難儀な体質という事だ。
しかも性フェロモンと同じように無差別攻撃。
自分で雄を選べるわけでもない上に、のケースの場合、選択権すら与えられなかった。
その事を話すと、神威はああ、と今更思いついたように言って、
「それは仕方ないんじゃない? 俺に会っちゃった時点で、俺に喰われるために生まれてきたようなものだよね」
と、朗らかに笑ったのだった。
さいですか――――
呆れて去っていこうとする阿伏兎の背中に、神威は笑顔で追い討ちをかける。
阿伏兎、と名を呼び、
「たまってるなら女でも買って来たら?」
と、極上の笑顔を向けた上司を、やはり嬲り殺しの天才だと阿伏兎は再確認した。
わずかに震える長い睫毛を眺めながら、俺の好みでもないんだけどなァ、と神威はぼんやりと考えていた。
弱そうな顔。脆そうな細い肩。
実力はさておき、とても強そうな子供を生むように見えない顔は、神威の本来の好みとは異なる。
ただ綺麗に整っただけの顔に興味はない。
それにこの儚げな容姿は――――忘れたはずの病弱な母に似ていて、胸の辺りに嫌な感覚が浮かぶ。
きっとが白兎ではなく、殺し屋でもなく、ただ普通に出会っていたら神威は興味の欠片も持たなかっただろう。
到底、旨そうには見えない。
すでに皿に盛られて膳の上に乗っていても、喰ったかどうか分からない。
それなのに、今こうしてジャンキーのように喰らうのをやめられないのは――――
神威はの髪に鼻先を埋め、深く呼吸を繰り返した。
甘くて……死と、血の香りがする。
どうしようもなく不吉で退廃的で、反抗的な香り。
誰よりも強靭で、闘争を求める神威に、お前は喰らった瞬間、闘う事もなく死に絶え敗北を認めるのだと、挑発するようなそれが神威の中の欲を掻き立てて、空腹感を誘うのだ。
もし神威に人一倍の闘争欲がなかったら、食欲がなかったら、もしかしたらを欲しいと思う事もなかったのだろうか。
そんな事を考えながら、それも違うか、と首を横に振った。
その時はまた違う香りがするのかもしれない。
もし、脳が狂わされているのなら、神威の嗜好など意味がないのだ。
「生意気だね。それで俺を虜にしたつもり?」
神威はくつくつと忍び笑いを漏らしながら、存分にの身体を抱きしめて酩酊しそうな香りで肺の中を満たした。
end
そういえばサイ○ントヒルのカウフマン先生が、
性は死と繋がっているとか言ってました。
ここで言うは神威にとって死と性を齎す、
挑発的な存在といったところでしょうか。
これにて「悲しい兎の保健体育」完結です!
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。