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愛曲





 頑強な壁でなければ木っ端微塵にされていただろうな、そんな事をぼんやり思った。
 その前に自分の身体が微塵にされるのが先かと思うと、何故か笑みが浮かんで来た。
 ダンプカーに押しつぶされる様に身体中が悲鳴を上げている。四肢の感覚などなくて、もしかしたら両腕両足など、とうに千切れてしまったのかもしれない。
「また俺を殺せなかったね?」
 瓦礫を踏みつける音がゆっくりと、近づいてくる。
 視線を向けるのさえ億劫だったが、どんな顔でやって来るのか好奇心の方が優って、は顔を向けた。
 いつも通りの笑顔に、落胆する反面、何故か安堵する。
 最期までこの人の表情を変える事が出来なかったという落胆と、最期に見る顔が大好きなこの顔で良かったという安堵。
 我ながら歪んでいるなと思ったら、何故か笑みが零れた。
「何を笑っているんだい?」
「神威がいつも通りの顔だから」
 それが彼なりの殺しの作法だと知っていたが、いざ自分の番になると何故か可笑しくなってしまった。
 今日こそは殺されるかもしれない。そう思って挑んだのだから別に後悔はない。
 ただ――――死の宣告と同じ意味を持つ神威の微笑を、こんなにも恋焦がれていた自分が可笑しかったのだ。
「変だね。これから殺されるのに」
 そんな事を呟くと、神威が笑顔の上に更に笑みを重ねた。
「殺さないよ」
「え……?」
「俺は強い子供を生みそうな女は、殺さないって決めているんだ」
 ぱちぱちと、意図が理解できずは瞬きを繰り返す。
 どういう意味、と問う前に神威の身体が覆いかぶさって来た。
 至近距離で交わる視線と視線。こちらの身体がばらばらになってしまうくらい乱暴な荒技をするくせに、その顔の造詣はとても繊細で――――思わずは見惚れてしまった。
 ねえ、と鼻先がのそれにぶつかりそうなほど顔を寄せて、
「殺し合うよりもっとステキな事をしよう」





「ったく、あのバカ団長には困ったもんだ」
 ぴったりと閉じられた団長室の扉を見ながら、阿伏兎はやれやれと肩をすくませた。
 上がチャランポランだと、下がしっかりするとはよく言ったものだ。指令どころか部屋から一切出てくる気配がない。
 上がそんな状態なのだから、自然と団長の任は副団長である阿伏兎に任される事になる。
 ま、どっかでバカされるよりはマシってモンか――――
「団長はどうされたのでしょう?」
 新入りらしき団員が、阿伏兎の横で不安そうな面持ちで扉を眺める。心配というよりは、あのアホ団長に付いて行って良いものかと戸惑っているような表情だ。
「ま、出て来ないもんは仕方ないだろう」
 そんな事より自分の仕事に戻れと言ったつもりだったが、男は動かずじっと扉を見つめている。時折漏れ聞こえる、くぐもった喘ぎ声が気になって仕方が無いようだ。
「死にたくなかったら、覗くんじゃねーぞォ」
 男の首に腕をかけて、むりやりに扉の前から引きずり動かす。
 と、まるでタイミングを見計らった様に、中から女の甲高い悲鳴。
「あ、あの、団長は一体中で何を……?」
 そんな事わざわざ聞くんじゃねぇよ、と胸中で呟きながら、阿伏兎はため息を零す。こんな事さえ察する事が出来ないなら、こいつは近いうちに団長の逆鱗に触れて死ぬだろうな、とぼんやり思いながら、
「オンナ連れ込んでする事なんて他にあるかァ?」
「は、」
「子作りに決まってンだろ」




end


歪んだ愛情。
歪曲とかけて愛曲です。
次回は微エロかも。