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二足歩行の愛





 夜兎の進化の過程など知らないが、ヒトと同じようにかつては四足歩行の獣だったのだろうと予測は付く。
 二足歩行になっても、その本質から獣が失われる事にはならなかったが、牙と爪で敵を屠っていた頃よりも、よりバリエイション豊かな攻撃手段を得たのは確かだ。
「なんつうか、殺すために二本足になったっていうなら、ロマンの欠片もありゃしないねェ」
 そんな事を呟きながら、阿伏兎は足元に転がった真新しい躯を屈んで覗き込んだ。
 四足動物と神威は彼らを揶揄したが、首の上に狗の顔が乗っていなければ、大して夜兎と変わりはない。こいつらは何のために二足歩行になったんだろうなァ、と戯れに問いかけるが、背後の同胞はさぁ? と気のない返事を寄越す。
 命のない躯にはもはや興味はないのか、神威の足はさっさと帰艦すべく向けられていた。
 やれやれ、いい加減身分に相応しい落ち着きを手に入れて欲しいものだ――――
 神威の背を眺めながら、そんな事をぼんやりと思う。
 本人はこれでも自重しているとでも言うのかもしれないが、だったら元老のお膝元でくらいいい子にしてられないのかねェ、と阿伏兎は苦労をため息に変えて吐き出した。
 突っかかってきたのはあちらなのだし、第七師団の団長となった神威を元老達と言えど、そう易々と処断する事は出来まい。
 ――――が、だからと言って避けられる面倒ごとなら、避けてくれるにこした事はない。少なくとも上の尻拭いを役割の大半に定められた副団長としては、もう少し節度と自覚を持って欲しいと思うのだ。
 そして、もはや口にしても意味もない事だが――――あの哀れな天人たちも、突っかかるなら時と場合を重々選んで欲しいものだ。
 不機嫌な時よりも、上機嫌な時ほどこの男は危険なのだと、皆早く気づいて欲しい。
 何故、この男が上機嫌なのか、その理由を考えて欲しい。
 その足取りが軽いのも、何を心待ちにしているのかも――――そして、自分がそれを妨げようとしているのも。
「少し考えりゃわかるコトだと思うんだがねェ。二足歩行になるには進化が足りなかったんじゃねェか?」
 そんな事をぶつくさ呟いていると、かもね、と適当な相槌が返ってきた。
 どうせ話など聞いてはいまい。
 アンタもな、と背中に向けてぼそっと悪態を付くと、地獄耳に届いたのか神威が満面の笑みで振り向いた。
「阿伏兎〜」
「な、なんだよ」
「俺達が二足歩行に進化したのは何でだと思う?」
 満面の笑みに戦きながら、はあ? と眉根をひそめる。
 思案するように顎を撫で、
「……傘を持つためか?」
 と、返すとすぐさま、阿伏兎は馬鹿だなぁ、と馬鹿にされた。
 何なんだ――――
 きっとこの男の事だから、殺すためなどではないだろう。両手が使えないのなら、それこそ牙を使えばいいと言うようなヤツだ。
 だったら何なんだと呆れながら再び問うと、神威はいたずらっ子のような顔で笑った。
「もっと大切な事があるじゃないか。お前は恋人を抱きしめるのに、爪でも突き立てるの?」
「は?」
 顔を呆けさせた阿伏兎を取り残して、神威はすたすたと歩いていく。
 その足取りは軽く、どこか楽しげで――――ようやく阿伏兎は解にたどり着く。
 どうやらいつもの惚気を聞かされたと分かると途端に気が抜けたが、何故だが自分も足取りが軽くなるような思いだった。




end


牙と爪を捨てたのは、大切な人を抱きしめるため。
とかだったら、可愛いな。