時刻はすでに夜半過ぎ。人を訪うには不躾な時分だ。
一体誰だろうとベッドの中で訝っていると、ぎしぎしとドアが軋む音がした。
視線をそちらに放ると、金属製の頑強なはずのドアがみしりみしりと向こう側から押されて弛んでいる。そして、ドンっと大きな衝撃がドアを跳ね飛ばすと、勢いよくそれが開いた。
驚いて跳ね起きると、電灯を逆行に浴びた人影が現れる。
その人物は室内の闇に身を浸しながら、
「。会いに来たよ」
と、闇よりも深い黒を背負って、告げたのだった。
真夜中の来訪者
下の蝶番がいかれてしまった。わずかに開いたドアがぶらぶらと、廊下の電灯の下に影を落としている。
は上着を羽織ってベッドから降りると、真夜中の招かざる客を出迎えた。
「どうしたの、こんな夜中に?」
男は勝手知ったる他人の部屋とばかりに、我が物顔で上がり込むとソファの上にどかりと腰を下ろす。そして、に向かって両手を広げて見せる。
おいで、と――――
言葉にせぬ命令がを呼ぶ。
は渋い顔をしつつも、素直にそれに従った。
神威の前に立つと、神威は嬉しそうに微笑みながらの腰に手を回し、の身体を抱き寄せた。ちょうど、神威の膝の上に乗りかかるような姿勢で、二人は身体を密着させる。
「夜這いに来たよ」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、神威が告げる。
「間に合ってるのでお帰りください」
素っ気なくに返され、おや、つれない、と神威は残念そうに零す。
だが、顔は微笑みをたたえたまま――――今宵はずいぶん上機嫌だ。
の頬に手を添えて、熱っぽい目で見つめられたと思い来や、ゆっくりと唇を重ねる。
目は閉じず、視覚、嗅覚、味覚、聴覚、触覚――――その全てでを感じようとするように、研ぎ澄まされた感覚全てがに向けられる。
存分に口内を味わい名残惜しそうに唇を離すと、が口元に手を当てた。
「血の味がする――――」
味だけではない。匂いも、彼の纏った衣服も、闇の中でさえ際立つくらい血に濡れている。
上機嫌なのは――――このせいか。
誰を殺して来たの、とは問わない。どうせ無駄だからだ。殺めた者の名も姿も、神威にとってはどうでもいいこと。弱者の存在など記憶にも残らない。
ただ、浴びた血の匂いだけに酔う。
とうてい渇きを潤すには足りないけれど、それを感じるのは嫌いではない。
だからこんな酩酊したような姿で、夜な夜なの部屋を訪れるのだ。
神威はそう? と小首を傾げると、手の甲に付着した血の染みに舌を這わせた。
不味いね、と一言。
「の血の方が美味しいよ。何倍も何百倍も」
恍惚とした表情で妖しく笑う。
と、神威の鋭く伸ばした手刀が撫でるようにの喉元に触れた。
紅い線が横に引かれ、じんわりと紅い鮮血が滲み出る。痛いよ、とは不平を口にしたが、神威はまるきり無視してちろりと血の線に舌を這わした。
ちゅ、ちゅ、とまるでキスマークを付けるように、強く吸って自分の痕をつける。
たった数滴だというのに、神威は自分の脳が侵されていくのを深く感じた。好きな女の血というだけで、こんなにも興奮し、欲情するものなのかと驚きさえ覚える。
まるで媚薬だ。脳をとろとろにとろかせるような、強力な毒。
おおよそ女などには興味が無かった自分が、こんなにも狂わされ、犯され、壊されていく。
だが不快ではない。
退廃的な悦び。
それを愛や恋などという言葉で形容すると途端に陳腐なものに成り下がるが、自分を殺し得る存在に出会った――――それはきっと一目惚れというヤツに似ているのだと思う。
「。もっと、殺し合うみたいに愛し合おうよ」
神威はクスクスと笑いながらの身体をソファの上に押し倒すと、甘噛みというには容赦のない仕草でその白い首筋に噛み付いたのだった。
end
血に酔った神威と妖しい夜。