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幸せのマーボー





「阿伏兎〜〜、麻婆豆腐作ってくれよ〜〜。ね〜〜」
 応接用のソファに寝転がったまま、神威がねえねえ、と子供のような声を上げた。
一般団員の安机とは異なり、それなりに体裁を整えたマカボニーのデスク。団長用のそれに着き神威に代わりせっせと仕事に励んでいた阿伏兎は、書類から顔を上げ嫌そうな表情を神威に向けた。
「ね〜〜、おなかすいたよ、阿伏兎ぉ〜〜」
 裸足の両足をソファの上でバタバタとさせる。
 言いたいことはたくさんある。
 まず、働け。この仕事アンタのだからね? 俺が当たり前みたいにアンタの椅子に座ってるけど、これ団長の仕事だからね?
 あと、俺に料理スキルとか期待すんな。つか、食堂行って頼めよ、ンなモン。俺に頼む理由あんのか? どうせアンタ一口か二口で平らげちまうんだろう?
 そして、言わせてもらうが、昨日も作ったからね? マーボー! もうここンところ、毎日マーボーだよ? 俺たちマーボー星人になっちゃうよ? そこんとこどうなの? ねえ、ねえ、ねえ。
 と、胸中ですべてをぶちまけ――――阿伏兎は黙って立ち上がると、傍らに置いたピンクのエプロンを無言で付けるのだった。
 おかしいとは分かっている。副団長の仕事の中に団長の判子を書類に押すとか、麻婆豆腐を一日一回作るといった項目はないはずだ。
 だが、こうして唯々諾々と神威のリクエストに答えてしまう自分は、往々にして彼に甘いのだろう。そして、もはや反抗や反論する事を諦めている。我等が団長様はこうと決めたらこうなのだ。最終的にどんな手を使っても――――そう、どんな手を使ってもだ――――自分の要望を押し通してしまうのだから、余計な抵抗をする方が時間の無駄というもの。
 料理スキルを期待するなと言いつつも、阿伏兎は手際よく隣室の簡易キッチンで麻婆豆腐をこしらえると、山盛りのご飯と一緒に神威の前に出した。
「やったー。いただきまーす」
 上機嫌でレンゲでマーボーを掬い上げ、湯気の立つそれを口に含んではふはふさせている。こうしていればしばらくは静かだろう。
 阿伏兎はやれやれとため息をつき、団長のデスクへと戻った。
 機械的に書類に判子を押しながら、きっとこの役はずっとがしていたのだろうと、頭の片隅で思う。
 が元老院より任務を与えられ、第七師団の戦艦より離れて五日が経つ。
 初日は我慢していたようだが、二日目から神威は阿伏兎に麻婆豆腐を要求した。中華なべとお玉を手に作れ、と。笑顔で要求したあのプレッシャーを阿伏兎は忘れることはないだろう。
「アンタがマーボー好きだとは初めて知ったけどなァ」
 独りごつように呟くと、神威はもくもくと米を租借しながらべつにィと返した。
「あん? 違うの?」
「ん? 俺、べつにマーボーが好きだなんて言った覚えはないけど?」
 嫌いじゃないけど特に大好物というわけでもない。美味しいものは何でも好きだけれどネ、と付け加える。
 阿伏兎は眉根をひそめた。
「じゃあ、なんで俺は毎日、アンタのためにマーボー作ってるんですかねェ? 新手の部下イジメ?」
 違うよ、と神威は茶碗の米を箸で器用にかき集めながら答えた。
 まあ、確かに苛めようとするならもっと的確に苛めるだろうが、やはり解せない。
 阿伏兎が顔をしかめていると、がさ、と神威が恋人の名を口にした。
「初めて作ってくれた時に、美味しいって言ったらすごく喜んでくれたから」
「そりゃまぁ」
 美味しく食べてもらえたなら、作り手としては結構な事だ。
「俺ンちビンボーだったから、豆腐だけのマーボーとか頻度高かったんだよね。ガキの時に死ぬほど食べたし、もう一生分食べなくてもいいやって思ってたけど。の料理美味しいし、が喜んでくれれば俺も嬉しいし」
 だから。
 だから?
「は? ……え? オイ、オイ、ちょっと待てよ」
 阿伏兎は混乱する頭を両手で抱え込んだ。
 つまりこういう事である。
 神威にとって麻婆豆腐は好物でもなんでもなく、むしろ食べ飽きた料理であるにも関わらず、が喜ぶというたったそれだけの理由でリクエストし続けたのだ。
 うわあ、と阿伏兎は何か途方もない感情に胸を衝かれ、こめかみを押さえた。
 きっとだってそんな事、知らないに違いない。きっと単純に神威は麻婆豆腐が好きなのだと勘違いしている。毎日リクエストに応えながら、本当に神威は麻婆豆腐が好きなんだね、とか思いながら
 湯気を立てる皿を囲んで、二人が微笑み合う姿を想像し、再び阿伏兎はうわあと呻き声を上げた。
「なに?」
 文句あんの? とでも言いたげに、神威が阿伏兎を睨み付ける。
「いや、べつに」
 文句などない。文句などないが――――頼むから惚気るなら別のとこでやってください、と口を滑らせそうになった。
「いや、でも、待てよ。だったら俺が作る理由はなんだ? べつにが喜ぶわけでもないんだし、毎日食う理由はねェだろ」
「ん、や、なんとなく」
 さいですか。
 惰性なのかを恋偲んでいるのか知らないが、とにかく阿伏兎にとってはえらい迷惑である。
 何か言いたげにしている阿伏兎に、ああ、でもさ、と神威が言葉を続けた。
「お前のマーボーもけっこう旨いよ」
「どうも」
「ま、のマーボーには適わないけどね」
「……左様でございますか」
 結局、惚気たいだけじゃねェか、と胸中で呟きつつ、阿伏兎は明日もマーボーを作ることになるのだろうなとぼんやりと思った。





end


長編の「墜落少女」でヒロインがマーボーばっかり作ってたのでつい。
実は神威の好みにあわせているうちに、
お袋の味に近づいてたとかだったらいいですね。