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跳べない兎02





 まるで亭主のいない間に人妻を垂らしこんだ間男のような心地――――いわゆる、修羅場という奴だったのだろう。
 の口添えもあって、何とか死を免れた銀時だったが、その両頬はひどく腫れ上がり元の容姿を留めていない。夜兎相手にこの程度で済んだだけでも僥倖なのだろうが、到底納得のいく展開ではなかった。
、帰ろう。阿伏兎も心配してるよ」
 散々に銀時を屠った後――――神威はを説得しようと試みたのだが、の反応は冷たいものだった。
「いや。神威だけ帰れば?」
 神威に背を向けたまま、ぷいと顔を背ける。
「私、地球で暮らすって決めたから! 銀さんにノーパンしゃぶしゃぶのバイトも紹介してもらったし!」
 えぇぇぇぇぇぇ、なに言ってんのこの子ォォォォ!?
 口から出任せなのだろうが、帰りたくないは咄嗟に嘘をついて神威を牽制した。
「ノーパンしゃぶしゃぶ……」
 途端に神威の纏った空気が重くなり、殺意に満ちた両眼がすっと見開かれる。銀時はだくだくと冷や汗を垂れ流しながら、神威の殺気が収まるのをひたすらに待った。
 そもそもがそんな所で働くなど、神威が許すはずがない。もし無理やりにそんな所でバイトなど始めれば、きっと客も店員も殺し尽くされてしまう。
……俺を困らせないでよ」
 帰ろう、と神威はの肩に手を置いた。
 それをが振り払った瞬間――――
 ガァァン! と轟音をさせて、の身体が壁に叩きつけられた。神威の日傘が大きく振り上げられ、それに跳ね飛ばされたのだと気付いたのは次の瞬間。
 壁に叩きつけられ崩れ落ちたの眼前に、神威の足が映る。
 神威はの前にしゃがみこむと、先ほどの凶行とは打って変わった優しさでの頬を包み込んだ。そのまま、銀時が見ているのも構わずの唇を奪う。
「んっ、んーんー!」
 は神威の唇から逃れようともがいたが、がっちりと身体を拘束され逃げる事が出来ない。
 そして、荒い口付けを交わしながら、神威はの身体をその場に押し倒していた。
「え、えーと……もしもし?」
 完全に自分の存在を忘れられている事に不安を覚えつつ、銀時が遠慮がちに声をかける。
 神威は振り返らないまま、
「お兄さん。ちょっとの間、出てってくれない? 俺、と話す事があるから」
 話す事っていうか、ヤる事だろーが、コノヤロー!!
 銀時は突っ込みたくなるのを抑えて、素直にそれに従った。が、腰を浮かせかけて、の涙で濡れた顔と目が合う。
 懇願するような瞳。
 ヤメロ、俺はまだ死にたくねーんだよ。
 銀時はそれを振り払おうとしたが――――
「ここをラブホ代わりにするんじゃねーよ」
 銀時の抜いた木刀が、すっと神威の首元に突きつけられる。
 神威はゆっくりと振り返った次の瞬間、殺意を宿した目で――――嗤った。
 あ、俺、死んだかも――――
 銀時が密かに命の危機を感じ取った瞬間、
「待ちなんし」
 と、凛とした声がその場を制した。
 振り返ると、砕けた玄関のガラス戸の上に、死神太夫こと月詠の姿があった。
 何故ここに、と訝った銀時の視界に新八と神楽の姿が入った。どうやら危機を察して月詠を呼んで来てくれたらしい。
「話は聞きんした。無理やり女を手篭めにするなんて、情人のすることじゃあありんせん」
 突如現れた闖入者に、神威は明らかに顔を不機嫌にさせる。女は殺さない主義ではあるが――――それも気分次第だ。
「邪魔しないでよ」
 神威はを組み敷いたまま、冷たい視線を月詠に向ける。
「無理に抱きたいと言うなら、好きにしなんし。もっともその後も、今までどおりの恋人でいられるなんて思うのは虫のいい話」
 神威は不愉快を表すように、すっと目を細めて見せた。
 だが、月詠はそれに臆した風はなく、ゆったりと煙管から紫煙をくゆらせている。
 この場にいる全員を皆殺しにして、を力任せに従わせる事は容易い。だが――――の心を失ってしまうのは、神威とて本意ではなかった。
 とは力や支配などなく、対等に付き合っていきたいのだ。自分が愛するように、からも愛されたいと、そう願っている自分がいる。
 神威は酷薄そうな笑みを浮かべたまま、ゆっくりとの上から身体を引いた。
「それで? 仲裁役を引き受けたからには、俺が納得できる案があるんだよね?」
 彼の殺人作法である笑顔を顔に貼り付けたまま、問う。
 月詠はふうっと口に含んだ紫煙を吐き出すと、煙管の先をに向けた。
「ノーパンしゃぶしゃぶなんぞで働くくらいなら、いっそうちに来なんし。常夜の街――――吉原へ」




end


色んなものを巻き込んで吉原へ。